【陸軍-AFV-ロシア-二次大戦】戦車TOP10 第3位 T-34

第2次世界大戦中の最優秀戦車 ソ連T-34

当然これが出てきます。大戦後半から戦後第2世代戦車にまで影響を与え続けた傑作戦車である。

T-34
T-34

全長

8.15 m

車体長

6.10 m

全幅

3.00 m

全高

2.72 m

重量

32 t

懸架方式

クリスティー方式

速度

55 km/h(整地)
30 km/h(不整地)

行動距離

360 km

主砲

85mm ZiS-S-53(56発)

副武装

7.62mmDT機銃×2(1890発)

装甲

砲塔前面90 mm(曲面)
側面75mm 傾斜20°
後面52mm 傾斜10°
車体前面45mm 傾斜60°
側面45mm 傾斜50°
後面45mm 傾斜47°
上面20mm

エンジン

4ストロークV型12気筒
水冷ディーゼル
500 馬力

乗員

5 名
 
 この戦車がアメリカの戦車研究者のクリスティの戦車を元に作成されたコピーだとか、量産性だけに優れているとかのアホな話はどうでもいいです。それらは多かれ少なかれ嘘です。
T-34が優れているのは、余分な機能に関してはオーソドックスな技術を採用し、ディーゼルエンジン、装甲金属板の鋳造技術などに関しては、しっかりと研究と技術の積み重ねを行い、世界最高のものを実現していることである。そして、それらのパッケージングにおいて、戦車そのものに必要な要求機能をしっかりと実現していることである。
 
 まず、技術的な部分では、ディーゼルエンジンが当時の世界最高峰のものと言える。ソ連はその前進の帝政ロシア時代から自動車技術に関しては後進国で、ドイツ・イギリス・フランス・アメリカのような優れた技術的蓄積は無かった。しかし、ソ連になって、世界各国の「敵」となると、どうしてもソ連で生産可能な「エンジン」が必要になった。このため、ソ連は可能な限りの技術的知識を積極的に輸入し、世界が後進国と侮っている間に、世界レベルのエンジン技術を獲得したのである。ディーゼルエンジンは当時のドイツやイギリスなどでも立派なものがあったが、より高性能で「繊細」なガソリンエンジンの方に目が向いていたので、軍用エンジンとしてのディーゼルエンジンが多用されることは少なかった。これは、各国の化学工業、補給・輸送能力なども反映している。ソ連には揮発性のガソリンを大量に輸送するタンク車なども少なかったことに注目する必要がある。また、ソ連の寒冷な気候も考慮された。
 ソ連戦車の装甲はドイツ戦車のそれと比べ、同じ厚さであれば明らかに劣る。鋳造であれば当然である。しかし、多少の防御力の低下を偲んでも、その生産性と防御を考慮した形状を実現できることで十分ペイする。ドイツのタイガー戦車があれだけの装甲をまっすぐ立てるたこととの設計上の差を考えると明らかである。
 懸架装置は例のクリスティ式である。これはクリスティの特許を採用して発展させたものだ。オリジナリティはない。しかし、最も近くでプレゼンを見たアメリカ陸軍ではなく、海の向こうのソ連がそれに注目し採用したことの選択眼こそを評価すべきだろう。そして、ソ連は最初にクリスティ戦車の設計をほぼそのまま採用したBT戦車系列を作製した。もちろんそれほどの性能でもない。悪くも無かったが、ドイツやアメリカが将来開発するであろう戦車に比べると不十分だった。当時のソ連首脳部は仮想敵国の技術を過大評価し本当に恐れていたのだ。この過程での試作車両に対する評価とその後の軍の判断を、当時同じように色々な戦車を試作したイギリスと比べるといい。イギリスが産み出したのは、それほど快速でもなくそれほど重武装でもない巡航戦車であり、ソ連はこのT-34を産み出したのだ。
 
 当時のドイツの総合的なエンジン技術はソ連より優れていたと思う。しかし、ドイツは高出力のエンジンに似合うトランスミッションなどのパワーパック全体のパッケージにおいて失敗している。ソ連は自分たちの未熟さを理解していたので、高性能な操行装置を求めなかった。左右履帯の動力伝達やブレーキは単純で人間の力に頼る部分が多い。これも、ソ連の国勢に合っていたのだろう。このような、技術的なリスクへの正確な判断はドイツなどに比べはるかに的確である。
 
 ソ連は長く独裁制度のあった仮想敵国なので、その成果を正確に評価することは難しいが、第二次大戦前のソ連の成果はアメリカに匹敵するであろう。世界中が敵国と定め実際にも攻められた経験が、彼らの防衛本能を強化し(ソ連の諸外国への恐怖は、傑作戦車T-34でも満足せず、タイガー戦車との対戦前にKV-1を生産していた事実からも証明される)、共産主義・労働者の国というのが人々の希望になっていたことを見逃してはならない。ソ連ははっきりとした目的があり、それは真に切実だった。さらに、革命とその後の粛清により、そもそも余り無かった過去の遺産の影響を受けなかったために、革新的な技術に対しても冷徹な判断が行えたのだと思う。
 
 でも、戦車としての最終的な到達点からは、射撃統制装置が貧弱で、第二次大戦後半のドイツ戦車に対して十分な防御力を持っていなかったので、決して1位にはなれない。
 
 T-34 76T-34 76T-34 85
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