敵策源地攻撃能力とイージスアショア

弾道ミサイル防衛のために政府・防衛省が導入を目指していた陸上設置型イージスシステム、イージスアショアが導入見送りになった。

なんでも、ミサイルのブースター部分の落下範囲に住宅地があったのが原因らしい。

SM-3ミサイルnの構造

現在のところ、イージスアショアに使用されるミサイル本体はSM-3というスタンダードシリーズのミサイルで米軍コードではRIM-161スタンダード・ミサイル3と言われる。高高度で弾道ミサイルを迎撃するために、ブースターを多段式にしていて、1段目のブースターは十数秒(ビデオで見て測った時間、だいたい)で燃え尽きて切り離されるので、発射地点近くに落ちることになる。

ICBMを迎撃するSM-3ミサイル

ニュースなどでの報道の通り、最初から分かっていたことだ。設置場所の選定時にきっちりと検討していなかったことがそもそもの原因だ。もっと根本的なことを言えば、安倍首相によるトランプ大統領へのアピール材料として勝手に約束したのが問題の根っこにある。

自衛隊は本当はイージスアショアが欲しくなかった!?

これまで自衛隊で弾道ミサイル防衛を担ってきたのはイージス艦を保有する海上自衛隊である。海上自衛隊は米軍との密接な連携の経験から、米軍の早期探知情報を容易に利用できる。弾道ミサイルの早期探知能力は米軍しか持っていないので、この部分で連携可能な海上自衛隊が弾道ミサイル防衛に最も適している。

低空防衛担当の陸自が急遽、大気圏外まで担当に

一方、今回イージスアショアを運用することになった陸上自衛隊は、これまで低高度の防空しか担当したことがない。

対空ミサイルには主に高高度の目標を狙うものと低高度の目標を狙うものと別れていた。昔は、空を経由する敵の脅威と言えば航空機だけだったので、高高度から侵入する、核攻撃を行うような爆撃機と、主に地上部隊や基地を攻撃するために低高度まで降下する攻撃機やヘリコプターに対処すればよかった。

高高度まで迎撃する対空ミサイルは、当然ながら、強力なロケットブースターを持つ大型のミサイルで、かつてのナイキミサイルなどは固定式の発射台から発射され、巨大なレーダーとセットで主に拠点を防衛するためのミサイルであった。コンピュータシステムとリンクされ、目標近くまでレーダーで誘導されるようなタイプだった。

一方、低高度の目標は攻撃ヘリコプターなどの固定式のレーダーでは探知しにくく、障害物に隠れながら、突如現れて味方の地上部隊を攻撃する。だから、このような敵ヘリコプターから味方の部隊を防衛するには、部隊と一緒に移動しながら臨機応変に迎撃しなければならなかった。主力の戦車部隊と随伴できる機動性と単独で運用可能な簡易なシステムが必要なので、小型で赤外線誘導などを利用するミサイルが多かった。それでも、歩兵が一人で使えるようなミサイルはスティンガーなどが実用化されるまでは無かったので、装甲車や大型のトラックなどに搭載していた。

航空自衛隊が運用していたナイキ・ハーキュリーズ・ミサイル
陸自が担当していた中低空用のホークミサイル

自衛隊では、高高度の爆撃機を空自がナイキミサイルで防衛し、低空の防空は陸自が担当した。陸自はホークミサイルや81式短SAMを運用していた。このうち、ホークミサイルは機動性の低い、ほぼ固定設置のミサイルで、有効射程も10km以上あったので、空自のナイキミサイルと担当範囲が重なっていた。本当なら、バッジシステム(自動警戒管制組織(BADGE:Base Air Defense Ground Environment))で空自が一緒に運用すべきミサイルだったが、航空自衛隊、陸上自衛隊の縄張り争いの結果、空自がナイキ、陸自がホークと別れて運用され、合同訓練などもほとんどなかったので実質的にバッジシステムにも参加出来ていなかったと思われる。

03式中距離地対空ミサイル
陸自が運用するが、空自のパトリオットと任務重複

近年になって、ホークミサイルの後継ミサイルの03式中距離誘導弾(03式SAM)は飛躍的に射程距離が延び、空自の運用するパトリオットと防空域も重なるので、めでたく空自の防空システムに参加している。

このように、空自陸自の縄張り意識からこれまで高高度の防空に意識的に参加してなかった陸自が急に弾道弾防衛ミサイルを欲しがる訳が無いのだ。最新の防空用早期警戒システムJADGEも航空自衛隊が運用しており、陸自には初めての参加となる。陸上自衛隊は自衛隊で最も隊員が多く、その隊員の活躍場所を作るのに四苦八苦している。それなのに、5000億円でたった2つの基地、隊員数で多くて数百人分程度(しかも3自衛隊合同運用なので、陸自隊員だけならもっと少ないかも)の職場を作るなんて贅沢は考えてもいなかっただろう。ヘリコプターかAAVP-7か機動戦闘車なら水陸両用戦闘団を2個程度編成出来るかもしれないのに。

訓練する水陸両用戦闘団のAAVP-7
日本海で弾道弾防衛任務についている海上自衛隊の 
イージス艦ちょうかい

海自が「弾道ミサイル防衛のためにイージス艦が日本海に張り付くので大変だ」と言うのは、その負担を空自や陸自に押し付けたいのではなく、船に乗る隊員を増やしてほしいから訴えているのだ。海自は勤務が特殊で、一般の船員と同じく、なり手が少ない。一旦、航海に出ると1か月以上家に帰ることが出来ないのだから、今の日本で希望者が少ないのは当然だ。しかし、自衛隊は全隊で同一の賃金体系(各種手当などで実質増額している)なので、海自だけ隊員を増やすのは難しい。勤務の状況に応じて柔軟な賃金体系や各種の待遇改善のための切実な訴えなのである。

自衛隊自身が必要と思っていなかったイージスアショア、日本の企業の参加余地も小さく防衛族の政治家の利権にも結び付かない。やはり、官邸か防衛省首脳が米国への顔色伺いに大盤振る舞いしたというのが真相ではないだろうか。

弾道ミサイル防衛とは無関係な敵策源地攻撃能力

イージスアショアの計画が破綻したあと、代替え案として出てきた案のうちの一つが敵策源地攻撃能力だ。要は、敵国領土上の攻撃基地を遠方から先に攻撃する能力のことだ。

敵策源地攻撃能力とは

簡単に言えば、敵国領土内の目標を攻撃できる、長距離精密誘導兵器のことだ。ただし、現代の対地攻撃ミサイルはすべて長距離精密誘導兵器だ。有人の航空機や艦船から敵地を攻撃する場合、のこのこ接近すれば瞬殺されるからだ。すなわち、現代の戦争では、相手から見えるような距離で交戦することはまれである。ほとんどは目視外での戦闘になるので、必然的に搭載兵器は長射程になる。そして、センサーと誘導コンピューターの進歩、GPSの普及によりほぼすべての遠距離兵器が精密誘導兵器となっている。

敵策源地攻撃能力などと軍事教本にしか出てこないような言葉を使ってごまかしているが、要は、敵国領土に届くような対地攻撃ミサイルのことだ。

弾道ミサイル防衛にどのように役立つかの政府の説明はこうだ、

  • 北朝鮮が弾道ミサイルを日本に向けて発射する確実な兆候を見つけ、
  • 日本に被害が及ぶと確信したときに、
  • 北朝鮮領土内の発射基地を、
  • ミサイルの発射前に攻撃する。

項目別のリストにしたのは、各説明がそもそも破綻しているからだ。

敵策源地攻撃能力が弾道ミサイル防衛に役立たない2つの理由

1.ミサイルの発射を事前に探知することはできない

これまで北朝鮮が弾道ミサイルを発射する兆候を、日本が単独で探知できた例はない。先にも言ったように、日本には弾道ミサイルを早期探知するシステムを有していないので、すべて米軍に頼っている。偵察衛星や地平線越えレーダーをいくつか装備したところで、年中24時間無休で監視できるほどのシステムにはならない。米軍でさえ、電子偵察機リベットジョイントや監視用の原子力潜水艦は北朝鮮が危険な兆候を見せたときにしか派遣していない。弾道ミサイル発射の大規模なテストなら準備段階から兆候があるかも知れないが、実戦段階のミサイルを発射するかどうかの兆候なんて、米軍でも確実にはつかめないだろう。

たとえ、発射の兆候を発見できたとしても、そのミサイルが日本を狙っているとどうして分かるだろうか?そもそも、北朝鮮でさえミサイルを意図通りに飛ばせない場合があるのに、「確実に日本を狙って発射しようとしている」なんてこと分かるはずがないのだ。

2.敵策源地って?どこ?

北朝鮮は領海内の浅い深度、沿岸部から近くに弾道ミサイル発射用の潜水艦を潜めて、そこから弾道ミサイルを発射する技術の実用化を目指している。こうなると、ミサイルが発射されるまで探知は不可能になる。

この弾道ミサイル潜水艦のようにほぼ発見が不可能な発射基地をどうやって発見するというのだろう。潜水艦でなくとも、湾岸戦争を見るまでもなく、広大な敵国領土全域から移動力のある弾道ミサイル発射装置を発見することは難しい。

日本には北朝鮮領土内を監視する方法が、偵察衛星かグローバルホークしかなく、それとてそれぞれ10機に満たない。常時監視することは到底不可能で、敵国内部のトンネル内や地下基地などは全く発見できない。湾岸戦争で米軍は制空権を完全に掌握し、ジョイントスターズやE-3早期警戒機などで戦場全域を完全に掌握していたが、移動式のスカッドミサイルの発射機は発見できなかった。当時の米軍が砂漠の戦場でも見つけられなかったものが、森林が広がり、多様な地形を利用した隠蔽壕をいたるところに作っている北朝鮮の領土内で見つけられる可能性は低い。そもそも見つけられない目標をどうやって攻撃できるのであろうか。

それでも欲しい「攻撃能力」

以上のように、ミサイル発射前に敵を攻撃することは時間的にも地理的にも不確実で、ほぼ不可能と言っていい。こんなことは自衛隊はおろか、防衛族の国会議員ですら理解している。それなのに彼らが弾道ミサイル防衛にからめて敵策源地攻撃能力の保有にこだわるのはなぜか?

それは自衛隊を「攻撃力」のある戦闘部隊に変えたいからだ。

これまで自衛隊は憲法上の制約から、その名の通り自衛的、防衛的な軍隊であるというのを標榜してきた。敵を攻撃する能力は米軍に頼り、自衛隊はその米軍を守るというのが前提だった。

しかし、核戦力で対峙するソ連に代わって、中国や韓国、北朝鮮の脅威が高まってくると、自ら防衛的に整備した自衛隊は、陣容では世界レベルの軍隊でありながら、どの国も脅威に感じないほど弱い軍隊でもある。

例えば、日本の潜水艦は通常型(原子力潜水艦ではない)では世界最高レベルの性能だが、中国や韓国にとっての脅威レベルは余り高くない。もし、この潜水艦にトマホークのような巡航ミサイルを装備すれば、金正恩にとっては、突然自宅にミサイルを撃ち込まれる可能性もあるということになる(もちろん彼はその所在をいつも秘密にしている)。

日本の戦闘機は対地攻撃能力を持っていなかった

日本はF-2や改造したF-4、F-15による対地攻撃能力を持っているが、近年まで日本は通常型の爆弾(自由落下型)しか装備していなかった。湾岸戦争後、ようやく誘導爆弾を装備するようになったものの、現在では航空機による攻撃は遠距離からのスタンドオフ攻撃でないと戦場では生き残れないようになっている。日本は対艦用のミサイルを有しているものの、対地用のスタンドオフミサイルや滑空爆弾は持っていなかった。こうなると、もし、中国が尖閣諸島に部隊を上陸させても、周りの艦艇は排除できるとしても、陸上の部隊は航空機では排除できないことになる。

今ではJDAMなどを導入しているが、10年前の航空自衛隊は敵戦闘機に対してしか戦闘能力が無かったのだ。空自は空のみ防衛して、陸上部隊は放置で、実質的に航空支援能力を持っていなかった。(通常爆弾、無誘導の爆弾での近接支援は訓練していたし、その能力もあったが、歩兵すら対空ミサイルを持つ戦場で、目視距離に接近して爆撃なんてほぼ自殺行為)

1000億円の兵器がただのゴミに
M270 MLRS
1輌10億円で99両も買ってしまったM270 MLRS。
現在は装備できる有効なロケットがなく、無用の長物に。

前にこのブログでも書いたMLRSにしても、99両(1両約10億円)も購入しながら、サブミッション弾(弾頭に小さな子爆弾を詰めて敵の頭上でばらまく弾頭)が対人地雷禁止条約により使用できなくなったため、無用の長物になっている。米軍ではATACMSという長距離精密誘導ミサイルに切り替えて使用している。これは兵器の分類では短距離弾道ミサイルとなり、対馬や宮古島といった日本周辺部に配備すれば尖閣諸島を直接攻撃できる。こう言う射程の長い兵器は「攻撃的」ということで、日本はATACMSを導入しなかった。国産で何らかの誘導弾を開発すると言っていたが、あれこれ言っている間にMLRSが古くなって、もっと簡易なトラックに載せる方が使いやすいということで、訓練にすらほとんど使うことなく退役になりそうだ。

MLRSは通常タイプのロケット【湾岸戦争で活躍してたロケット】でも射程が30km近くあって、訓練の際は米国の訓練場に出張して行っていた。MLRS本体はえっちらほっちら運ぶか、米軍のをレンタルだ。こんなんで訓練になるはずがない。

このMLRSの例は、自衛隊の兵器装備に関する先見の明のなさ、想像力のなさを最もよく表しているが、そういう兵器開発戦略の良しあし以前の問題として、兵器の能力のうち、「攻撃的」でない能力だけを活かすという方針がすでに矛盾しているのだ。

本物の軍隊らしくなりたい自衛隊

こういった装備は、本当に自衛隊に闘う能力を与えるには必須だ。米軍に頼ることなく、占領された島を取り戻したり、敵地で捕まった邦人を救出したり。時には、相手国領海に艦艇を派遣して軍事的圧力をかけたり、自衛隊の幹部や政府首脳はそんな自衛隊、「本物の軍隊」を持ちたくて仕方がないのだ。

確かに、米軍と一緒でないと攻撃力を持てない自衛隊では、米国の意志でしか他国と戦争できないことになる。憲法を守って戦争するために、戦争の責任をすべて米国に押し付けているのだ。「僕をいじめると僕のボスのアメリカに言いつけてやる。僕が言えばきっとおまえらアメリカに殴られるぞ」というのが日本の姿勢なのだ。

確かに恥ずかしい、でも、これは、消極的ではあるが、確かに戦争を外交の解決手段として使えないことを示している。つまり、憲法を順守するには、妥協的だが最も現実的な選択だったと思える。戦後の日本の政権が試行錯誤しつつ、米国との厳しい交渉しつつ編み出した日本の防衛戦略だったのだろう。しかし、このいびつな矛盾を孕んだ防衛戦略こそが、沖縄問題(基地や地位協定)を生み出したのも、事実だろう。

このように、自衛隊がこれまで敵策源地能力を封印してきたのにはそれなりの事情があった。それは、日本が冷戦の最前線にありながら、憲法や安全保障の問題を事を荒げず、何事もうやむやでやってきたからだ。自衛隊が本当に(敵策源地)攻撃能力を持ちたいなら、姑息に、弾道ミサイル防衛などと言わず、堂々と議論すべきである。「ミサイルで日本人が被害を受ければ、北朝鮮の軍事基地を攻撃する。我々は報復能力を持つべきだ。中国が尖閣諸島に部隊を上陸させれば島を火の海にしてでも取り返す。」と。やりたいのはそれなのに、姑息な嘘をついて整備しようとするから、まともな戦略に則った戦力が育たないのだ。中途半端な、割高の兵器ばかり揃えることになり、中国や北朝鮮がなめきってしまうのだ。

自衛隊幹部や防衛省首脳が本気で安全保障について議論しないのは、国民は安全保障に関して無知だと思っているからだ。「どうせ国民は戦車と装甲車の違いも分かってないぞ。イージスアショアは1000億円って高いと思ってるけど、歩兵のライフルが世界一高くて能力がしょぼいのを買っていることには気づかない。」という具合だ。市長の公用車がクラウンでなく、センチュリーだと高すぎると言うなら、防衛装備にも目を向けるべきだし、政治家ももっと勉強すべきだ。日本人は総じて防衛関連の知識に乏しく、関心も少ない。防衛費には国家予算の5%以上が使われ、それは教育関連予算とほぼ同額なのだ。もっと効率良く、防衛力を整えれば学費だって安くなるのだ。

そして、姑息な嘘の理由で敵策源地攻撃能力を整備しようとする自衛隊や政府首脳にはしっかり目を光らせておいて欲しいものだ。マスコミもしっかり勉強して、報道してほしいと思います。

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