北朝鮮のSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)は脅威になるか

またまた北朝鮮の醜い独裁者が何やら言っている。

北朝鮮のミサイル水中発射テストとキム主席
北朝鮮のミサイル水中発射テストとキム主席

この人、不細工すぎる。

先日、北朝鮮が潜水艦から弾道ミサイルの発射に成功したと、写真付きで発表した。確かに海からミサイルが発射されており、何らかの水中発射に挑戦したのは確かだろう。
核抑止力としては最強の手段を手に入れたことになるが、これは本当だろうか、日本にとって脅威になるだろうか。

結論から言えば、SLBMとしては脅威になりません。

弾道ミサイルとは地球の大気圏えるような高い高度へ打ち上げられ、弾道軌道を描きながら長距離を飛ぶミサイルのこと。
低い高度を力ずくで飛ばすよりも、空気の抵抗の無い大気圏外を飛ぶ方が速く、より少ない燃料で長い距離を飛行できる。人工衛星の打ち上げに似ている。

地球上での弾道飛行体は落下時に加速し続ける。燃料を燃やして加速するのは弾道軌道に入るまでで、最高高度到達時には燃料はなくなっている。目標への最終到達時はマッハ20以上の速度で突入し、現在のところ弾道ミサイルを迎撃することは難しい。日米が開発している弾道弾迎撃システムが唯一の存在である。

弾道ミサイルには、その射程や発射装置によっていくつかの種類がある。

  • 大陸間弾道ミサイル(ICBM) 射程約6,400km
  • 中距離弾道ミサイル(IRBM) 射程2,000-6,000km程度
  • 準中距離弾道ミサイル(MRBM) 射程800-1,600km(500-1000マイル)程度
  • 短距離弾道ミサイル(SRBM) 射程約800km(500マイル)以下
  • 潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM) 射程によらず潜水艦から発射されるもの
  • 空中発射弾道ミサイル (ALBM) 射程によらず航空機から発射されるもの

以上の分類は厳密ではない。
主に米ソ冷戦期に、脅威への対処方法のための分類である。例えば、ICBMの射程はソ連本土から米国本土へ到達できる射程ということで定められた距離である。

この中で、目下もっとも有効なミサイルはSLBMで、発射体が潜水艦で発見が困難で、移動し、場合によっては目標のすぐ近くから発射するために迎撃が不可能に近い。

世界のSLBM。性能の良いものは全長10mで射程6000KM
世界のSLBM。性能の良いものは全長10mで射程6000KM

実際に、米軍にとってのSLBM対処策は報復核攻撃が最も有効と考えられている。一度発射されると迎撃は難しいので、発射母体である潜水艦を常時監視し、核戦争が想定される際にはすぐに潜水艦を撃破することを考えている。
ロシア海軍タイフーン級戦略原子力潜水艦 搭載ミサイルの大きさもあいまって、世界最大の潜水艦
ロシア海軍タイフーン級戦略原子力潜水艦 搭載ミサイルの大きさもあいまって、世界最大の潜水艦

ソ連は戦略原子力潜水艦を多量に配備していたが、米海軍の潜水艦からの追跡を逃れるために、ついには、自らの裏庭にあたる北極海でパトロールさせるようになった。タイフーン級戦略原子力潜水艦は凍結している北極海から、氷を割ってミサイルを発射することを考慮して設計された世界最大の潜水艦で、司令塔などの上部構造が強化されている。
逆に言えば、いかに米国が執拗にソ連原潜を追っていたかがうかがえる。

本来、SLBMは戦略原子力潜水艦によって運用されるが、米ソとも、本格的戦略原子力潜水艦の運用前に通常動力の核ミサイル搭載艦をテストに使ったりしていた。戦略原子力潜水艦は開発するだけでも非常に難しく、実運用するためにはとてつもないコストがかかる。
経済の好調な中国でさえ、本格的な戦略原子力潜水艦による戦略パトロール(核ミサイルを搭載して出撃すること)は実現していない。

北朝鮮の場合、原子力潜水艦そのものは開発できていないし、当面開発は無理であろう。
通常型の潜水艦についても、本格的な航洋型の潜水艦は自国開発できていない。輸入したロメオ型などソ連の古い潜水艦は保有し、運用していると思われる。
そもそも、北朝鮮が領海を越えて潜水艦を行動させるのは極めて難しい。隣の韓国は常時臨戦態勢で国境を陸海の別なく警戒しており。日本海では海上自衛隊が厳重に哨戒している。ロメオ級程度の性能の潜水艦がこの哨戒網を突破することは不可能だろう。中国が自国領海を通過させない限り、北朝鮮は外洋へ潜水艦を進出させることは出来ない。中国はそれをさせないだろう。潜航している潜水艦はどこの国のものか分からないので、中国領海から出てきた潜水艦が北朝鮮の艦であっても、それが何がしかの戦争行為を行えば中国にも責任が及ぶからだ。
しかし、ソ連が北極海でそうしたように、潜水艦から弾道ミサイルを発射するだけなら、なにも、領海外へ出る必要はない。自国沿岸の守られた領域に潜って潜んでいればいいのだ。北朝鮮の目標が韓国と日本ならそれで十分だ。

では、北朝鮮が通常型潜水艦での弾道ミサイル発射を目指しているなら、それは可能だろうか。

ゴルフ級通常動力潜水艦
ゴルフ級通常動力潜水艦

否である。現在、潜水艦発射弾道ミサイルを開発運用できる国はアメリカ合衆国、ロシア、フランス、中国だけである。このうち中国は、実際のところはまだテスト運用といったところか。中国の核ミサイルの目標は米国だが、米本土のすべてに到達できるようなSLBMは開発できていない。ロシアも固形燃料SLBMブラヴァの開発に苦労した。潜水艦に収納可能で、水中発射ができて、かつ長距離を飛行可能な弾道ミサイルの開発は難しいのだ。先に述べたソ連のタイフーン級原子力潜水艦が大きくなったのは、搭載ミサイルが液体燃料方式で巨大だったからだ。
北朝鮮が巨大な潜水艦を開発出来るとは思えないので、搭載する潜水艦の貧弱さ、ロケット技術の未熟さゆえにSLBMを実用化することは出来ないだろう。
北朝鮮のノドンミサイルは液体燃料方式で、燃料には腐食性があり、ミサイル内に注入したまま長時間保存できない。つまり、発射に際して燃料をタンクからミサイル内に移す必要がある。ミサイルの全長は16mで射程は1000km~2000km、このように大きなミサイルを全幅7m弱の潜水艦に搭載することは難しい。米国のトライデントやロシアのR-30ブラヴァなどは全高12m程だが、それを搭載する潜水艦は、米海軍オハイオ級で全幅12.8m、吃水11.1m、ロシアのボレイ級で全幅13.5mと巨大である。どの戦略原子力潜水艦も排水量は1万トン以上で、そもそも大型の潜水艦を建造する技術がなければ、SLBMを搭載することすらできない。
R-27弾道ミサイル
R-27弾道ミサイル

北朝鮮がソ連から導入したR-27弾道ミサイルは比較的小型だが、これとて、高さ10m以上の発射船体殻を持つ潜水艦が必要で、北朝鮮の潜水艦で改造が可能な潜水艦はゴルフ級だけだが、完成された形で手に入れていないので、発射装置などは独自開発する必要がある。
水中からの発射では、ミサイルを安全に発射するための装置、水が潜水艦発射管内に侵入しにくい加圧装置、ミサイルが水面に出てから作動する信管などを開発する必要がある。
潜水艦は大型になり、ミサイル発射管のために騒音が出やすい。通常運用が可能なレベルの大型潜水艦を開発しなければならない。ゴルフ級と同じものでは、100%機能しても、今の日米韓の対潜哨戒網の中で運用するのは難しい。

これまでの考察で北朝鮮の発表した水中からのミサイル発射写真がSLBMのまがいのものだと分かる。

北朝鮮にとっては、ミサイルを山の坑道内サイロから発射するのと同じような位置づけではないだろうか。
単に、ミサイルサイロが海にあるだけでも発見しにくいので、ある程度動けるレベルの潜水発射装置を沿岸から運用するのであれば、北朝鮮の技術力でも可能だと思われる。

しかし、戦略的効果を考えると、変に大型で動きの悪い弾道ミサイル発射可能潜水艦より、普通の小型潜水艦を配備運用する方が、コストが安く効果的なので、いきなりSLBMを開発しようとするのは無謀だと言うしかない。おそらく北朝鮮もそこまでは考えていないと思われる。
当面、SLBMの脅威はないが、弾道ミサイルははっきりと見えている地上でも探知。迎撃が難しく、北朝鮮が今後も核開発を進めるなら、日本独自の敵策源地攻撃能力を持つことが非常に重要になってくる。ABMの不確実性を考えると、発射態勢に入った地上と海上のサイロを素早く攻撃するだけの能力は必要だし、それは今の法制度内で可能。技術的にも可能。トマホークを導入し改良するか、SSM2などの対艦ミサイルを長距離巡航ミサイルに改造すれば良いだろう。

ABMを発射する海上自衛隊の護衛艦。 VLSに巡航ミサイルを搭載することはたやすい。
ABMを発射する海上自衛隊の護衛艦。 VLSに巡航ミサイルを搭載することはたやすい。

北朝鮮の核兵器は能力から考えて、それは日本と韓国を目標としている。閉鎖的な独裁国家で軍事膨張を続ける国が核武装することは、イランの核武装よりずっと危険だろう。日本の通常兵器での攻撃を中国が止める能力を持たない今こそが、ある意味、一番のチャンスではないだろうか。

日本政府、安倍自民党は自分の理屈のを法律にして喜んでいるが、日本は少しも強くなっていません。
細かい法整備よりも、責任感と決断力。そして法制度は憲法論議から始めるのが政治家たるものの本懐であろう。
憲法に殉じてあえて攻撃しないのも日本の生き方であろう。国民の命も大切だが、国民と国家の信念も大切だと思うからだ。

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戦車TOP10 5位 アメリカ合衆国 M1エイブラムス戦車

アメリカ合衆国の主力戦車の地位を40年近く守り現在も進化し続ける現用最新鋭戦車、M1エイブラムス戦車。

M1エイブラムス戦車
Spc. Bryan Crumpler, gunner, and Pfc. Adam Heunecke, driver, A Co. 3-67 Armor, prepare to take their new M1A2 SEP into combat.
性能諸元
全長 9.83m[1]
車体長 7.92m[2]
全幅 3.66m[1]
全高 M1A1:2.44m[3]M1A2:2.37m[1]砲塔上面まで)
重量 M1:54.45t[4]

M1A1:57.15t[4]

M1A1(HA):61.5t[3]

M1A2:62.1t

M1A2 SEP:63.2t[1]

懸架方式 独立懸架トーションバー方式
速度 67km/h(整地

48km/h(不整地

行動距離 M1:495km

M1A1:465km

M1A2:426km

主砲 M1 IPM1

51口径105mm ライフル砲M68A1

M1A1/A2/A2 SEP

44口径120mm滑腔砲M256

副武装 12.7mm重機関銃M2(対物・対空)


7.62mm機関銃M240
主砲同軸

装甲 複合装甲(砲塔前面および車体前面)

均質圧延鋼板(車体)

エンジン AGT1500

ガスタービン

1,500hp

乗員 4名

1970年代からM60パットン戦車系列に代わる主力戦車として開発され、現在も世界最高性能を誇るMBT。

システムとしての戦闘能力は他のどの戦車とも比べられない、別次元の能力を持つ。この戦車TOP10では戦車個体の能力を重要視するので、何故か5位。世界で最も有名な戦車なので異論も多いはず。しかし、その能力を個々に吟味すると、軍事超大国のMBT故の変なところが明らかになるだろう。

■開発

米国の戦車開発はずっと試行錯誤の連続で、M1エイブラムスもかなりの難産だった。本質的に外征軍である米軍にとって戦車の開発は困難である。戦車を、海を越え、遠くに運んでから戦うので、運用しやすさと性能がいつも対立することになる。この点は日本と似ている。

私が戦車マニアになった模型戦車ブームのころ、冷戦もたけなわで、米ソの軍拡競争は激しかった。ソ連の謎の新戦車が次々と登場し、秘密裏に撮影した解像度の悪い写真がニュースを飾り、中東戦争などでその姿が公になると世界中が注目した。

そのように、ヨーロッパ正面での大規模な機甲戦が実際に想定される時代に、米国が装備していたのは朝鮮戦争の頃に突貫で開発したパットン戦車の改良型であった。今から考えるとそれほどひどい性能でなかったが、TOP10などのランキングにした場合には、レオパルドやチーフテン、74式、T-72などを前に下位に沈んでしまうだろう。

M4A4_Sherman
M4A4戦車 5基のエンジンを連結した機関を採用した

米国にすれば、第二次大戦中に平凡な性能のM4に頼り切り、その後頻発する紛争に間に合わせるのに手いっぱいで、その場しのぎの戦車を採用するしかなかった。逆に言えば、アメリカ合衆国の強力な産業力があったために、設計上たいした工夫がなくてもそれなりの戦車を生産できたといえる。

is3_m26
IS-3重戦車と並ぶM-26パーシング戦車 サイズ的に変わらない。

T-34とM-26は戦闘力では少しM-26が優位だが、その重量は重戦車並みに重い。これだけ重くても不自由なく動かせるだけの、強力で複雑なエンジンを生産できてしまう工業力がアメリカ戦車の本当の力なのだ。M4シャーマン戦車のように、異なる種類のエンジンを組み合わせ、どれも量産してしまう。M4A4などは元々バス・トラック用の直列6気筒エンジンを5列に組み合わせて使っている(※)。30気筒のエンジンであり、本当なら、部品の交換も大変で故障間隔も短かったはずであるが、個々の部品の精密さと規格化された補給部品の供給能力の高さ、さらに、個々の乗員が普段から自動車に慣れ親しみ、戦車の整備や運用にたけていた。これら全体の要素が組み合わさり、M4の戦闘能力を支えていたのだ。

良くも悪くも自家用車の延長線上の戦車を開発してきたアメリカも、このままでいいとは思っていなかった。だから、時々悪い癖をだして突拍子もない戦車を開発した。MBT-70がその最たる例で、主砲にミサイル発射可能な両用ガンランチャーを採用した。しかも、実際にM-551シェリダン戦車やM60A2に装備して実戦で使ってしまうところが凄い。MBT-70は当初のドイツとの共同開発が頓挫すると、ほぼ振り出しに戻り、シレイラガンランチャーもあきらめてしまう。ベトナム戦争後の予算不足もあって、ようやく戦車開発を1本化し、仕様もオーソドックスなものにして1970年代末にようやく完成したのがM1エイブラムス戦車であった。

※アメリカの組み合わせエンジンは戦車に限らない。有名なダブル・ワプス・エンジン、プラット・アンド・ホイットニーR-2800はその名の通りワスプ星形エンジンを二つ重ねたエンジンである。究極形はR-4360で、直列7気筒エンジンを4基つなぎ、シリンダーが螺旋を描くように配している。ピストンエンジン技術の究極形というべき複雑さ精密さであった。

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ピストンエンジンの究極形とも言うべきプラット・アンド・ホイットニーR4360ワスプ・メジャー・エンジン

M1エイブラムス戦車が開発されたころはまだアメリカの軍事(自動車)メーカーが元気なころで、M1エイブラムス戦車の試作はクライスラー社とGM社の競争試作で進められた。クライスラー案が勝利したが、その後クライスラーは倒産し、戦車生産部門はGM社に吸収され、ジェネラル・ダイナミクス・ランドシステム社となった。

xm1chrys
XM1のクライスラー試作車 車体前部の平低な構造がM1に引き継がれている

 

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XM1 GM製の試作車 MBT-70に似ているような印象

試作の段階では、これまでの戦車開発の遺産を詰め込もうとする陸軍と予算を抑えようとする国防総省や政府との綱引きで、主砲の選定だけでもM68からL44、シレイラシステムの改良型などいろいろあった。副武装もブッシュマスター20mm機関砲の搭載が最後まで検討され、TOWミサイルの搭載も考えられていた。

GMの試作車はエンジンにディーゼルエンジンを使用し、全体的な形状は既存のアメリカ戦車に似ている。サスペンションに油気圧式サスペンションなどを採用して、MBT-70の延長線にあるようだ。

一方、クライスラーの試作車は、制式化されたM1エイブラムス戦車の特徴となった鋭い角度で平低な車体正面を見せていて、ガスタービンエンジンの特色を出そうとしているように見受けられる。第一印象では、クライスラーの案の方が完成度が低いように感じた。GM案がこれまでのアメリカ戦車とドイツ戦車の特色を受け継いでいる点は良し悪しそれぞれがあっただろう。クライスラー案が勝利した何よりの理由は、ガスタービンエンジンの整備性と、全体的にコンパクトで少しだけ生産価格が安かったことではないだろうか。これまでのやみくもな兵器開発から軌道修正を行っていた時期なので、かなりコストに敏感になっていたことは想像できる。また米国議会で批判されていたMBT-70の面影を残さないことも重視されたのではないだろうか。

■機動力

M88_pulling_M1_AGT1500
M88戦車回収車のクレーンでパワーパックを交換中のM1エイブラムス戦車

全体的にオーソドックスな設計にも関わらず、エンジンにガスタービンを採用する。ハネウェル(旧テクストロン・ライカミング)製 AGT1500ガスタービンエンジンである。気筒数の少ない、エンジンをやたら組み合わせたエンジンしか開発できなかったので(輸入したくないから)、得意の航空機用エンジン技術を使えるガスタービンを採用した。合理的なのか冒険的なのか、どちらにしろ、アメリカ合衆国にしかできない芸当である。

エンジンのターボチャージャー技術はガスタービンエンジンと同じものが多く、出力の大部分をターボに頼ったエンジンは、ある意味ガスタービンエンジンを使っていることに似ているので、あながち、戦車にガスタービンを使うのは冒険的とは言えないかも。

A new generation of tanker for a new generation of Iraqi military
120mm砲の激しい砲炎をあげるM1エイブラムス戦車 車体後部の吸排気用の大きなグリルが分かる(イラク)

ガスタービンエンジンは特性として軽く、コンパクトで、冷却系が小さくて済むので戦車の制限された躯体内に配置しやすい。多量の空気流入量が必要なために吸排気口とそのエアフィルターの面積が大きくなるが、ホースでつなげる要素であり、M1エイブラムス戦車のように防御区画から切り離して配置できる。エンジンがコンパクトであれば全体の車高を抑えることが出来る。M1エイブラムス戦車は実際にかなり背が低く車高は2.4m、M60の3.3mと比べると1m程度の差があることになる。

M1_M60_height
M1とM60の車高は1m近い差がある

エンジン数基分を組み合わせたごちゃごちゃエンジンからの進歩は著しい。見るからにスタイルがいい。

ガスタービンは、高回転時、急加速減速がスムーズで、戦車の加速性能に反映する。機動時にミサイルシーカーの警報に反応して急加減速するのは得意である。但し、この急加減速を行うにはエンジンを高出力での稼働状態にしておく必要がある。タービンに送り込む空気の温度と圧力が一定値まで上がっていないと燃料が不完全燃焼を起こすからだ。ピストンエンジンの場合、起動時にシリンダーなどの回転部品が十分な慣性を得るまでモーターで回す必要があるが、自動車と同様、戦車用エンジンも起動するまで数秒だ。既に高回転でアイドルしていれば、ガスタービンは問題なく加速するが、停止状態からの起動にはピストンエンジンに分がある。今日の戦車用ディーゼルエンジンがコンピュータの制御によりきわめてスムーズに起動、加速、減速できるのに比べ、ガスタービンエンジンの反応はかなり特殊で、操作技術や戦闘機動に特別な配慮が要求される。

下の動画ではM1エイブラムス戦車のガスタービンエンジンの起動時の様子がよく分かる。信地旋回時に高回転アイドルにするのもわかる

ガスタービンは常にタービンを動かし続ける必要があるので燃費が悪い。1マイルに1ガロンの燃料が要ると言われ(1リットルあたり425m)、実際に燃料タンクは同世代の戦車の倍近い500ガロン(1900L)の容量がある(レオパルド2は1200L)。しかも、AGT1500ガスタービンエンジンは通常、燃料に航空機用燃料JP-8を使用している。

M1エイブラムス戦車は停車時にメインエンジンを切っておくために、補助エンジンを搭載し、発電などに使っている。

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レオパルド2A4戦車 ディーゼルエンジンを搭載し優秀な機動性を発揮している

ガスタービンの採用の評価は良し悪しそれぞれある。しかし、レオパルド2や90式戦車(10式戦車はさらに高性能な)がディーゼルエンジンで60トンのMBTの問題なく機動させ、サイズも一般の戦車に無理なくまとめられている以上、M1エイブラムス戦車のガスタービン採用は米国が高性能な戦車用ディーゼルエンジンを用意できなかったのだろう。M1エイブラムス戦車の試作車でも、GM案はGM製8V71Tディーゼルエンジンを2基組み合わせたものを提案していた。M1エイブラムス戦車の開発時にMBTの有用なエンジンを開発できていなかった証左であろう。仕方なく採用したと判断するしかない。このエンジンの欠点は戦車の性能だけでなく、部隊運用や補給体制にも影響を与えているので、M1エイブラムス戦車の評価を大きく下げる要因になっている。

※  HEMTT M978重機動タンカーはM1エイブラムス戦車への補給が主要な任務で、後方の補給集積所から戦場近くまで燃料を運ぶために、不整地走行性能を備えた輸送車である。このような車両を1万両以上も運用しなければならないのは、兵站上の大きな負担で、無装甲の輸送部隊を戦闘地域近くまで送らなければならないのは、作戦上の大きな弱点となる。

■武装(攻撃力)

M1A1以降はラインメタル製120mm L44砲をジェネラル・ダイナミクス・ランド・システムズがライセンス生産したM256を用いている。

しかし、M1エイブラムス戦車の当初の主砲はL7 105mm砲のライセンス生産版M68A1だった。多量の砲弾在庫があったこと、軍事予算の削減のために少しでも低コスト化するため、中東戦争によりL7でもソ連のT-72を撃破可能な証拠をつかんだことにより、L7でも十分と判断したのだろう。120mm砲を装備できるように設計しており、A1化する際にも特別なトラブルはなかった。120mm砲弾での搭載数は42発、105mm砲弾では55発。

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劣化ウランを弾芯に採用しているM829APFSDS-T砲弾

A1以降のL44/M256は世界でも定評のある優秀な火砲である。M1エイブラムス戦車はAPFSDS主砲弾に劣化ウランの弾芯を用いていて、それを複合装甲の中身にも使っている。劣化ウランは核兵器生産過程で出る副産物で、核のゴミだ。ウランは鉄の3倍近い比重を持ち、弾芯にした場合の運動エネルギー量が大きい。さらにセルフシャープニングというウラン特有の装甲侵徹現象(自己先鋭化現象)によって高い貫徹能力をもち、タングステン合金の弾芯の砲弾に比べ10%程度優れているとされる。55口径のL55 120mm砲には劣るだろうが、現状、M1エイブラムス戦車に敵する戦車でM256砲の劣化ウランAPFSDS弾に対抗できる戦車は存在しないので、十分な攻撃力といえる。

副武装は同軸機銃と車上の機銃で、近年は市街戦に対応してシールド付の機銃ポートをそなえた車両もある。

■電子センサー・情報ネットワークシステム

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イラクで作戦行動中のM1A2エイブラムス戦車 車長用CITVを装備している

M1エイブラムス戦車の戦闘力の要は電子センサーと情報ネットワークシステムである。M1A2から装填手ハッチ前方に置かれたCITV車長用全周視察サイトはその名の通り車長に操作される視察装置である。赤外線カメラなどを備え3000m以上遠方の敵を夜間でもとらえることが可能。このサイトで発見した敵の情報は直ちに砲手用コンピュータに伝えられる。完全にスタビライズ(3次元に安定)された視察装置と主砲により、行進間射撃も実用可能レベルである。

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砲塔上面から僚車の主砲発砲を撮影 装甲ケースに収められたCITVが左に見える

発見した敵の情報や自車の位置情報は、米軍戦術ネットワークによって車内だけでなく部隊や上位の指揮系統にも伝達可能である。当然、情報を受けることも可能で、車内の戦術情報パネルで他車の位置や他の部隊の位置も確認できる。さらに、AH-64Dロングボウアパッチなどがミリ波レーダーで走査した情報も共有可能で、E-8ジョイントスターズのような広域警戒機からの情報も受け取れるだろう。戦車の中にいながら戦場のグローバルな情報をリアルタイムに共有できるのだ。

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戦術ネットワークの模式図 WIN-Tは軍用ネットワークの一のシステム

米軍は冷戦の終了に伴い、情報化に努めてきた。冷戦の終了で浮いた予算を情報化につぎ込んだともいえる。目に見えるものでは全地球的な通信衛星網とGPS衛星など、見えないものでは、インターネット(インターネットの始祖であるARPANETはアメリカ国防総省の開発したもの)の米軍バージョンといえる情報ネットワーク網やそれに適した通信規格を整備して、次々と搭載していった。現在、世界で3軍(陸海空)がセンサー情報を完全に共有できる軍隊は米軍だけである。

軍隊での情報共有は言うほどたやすいものではない。戦場ではリアルタイムで処理しなければならない情報が沢山あり、その情報はパケット通信の分散型ネットワークの基本仕様に反するからだ。インターネットの電子メールのようにパケット通信網は情報のリアルタイム伝達を保証しないので、問い合わせにすぐにネットワークが応えてくれるとは限らない。貧弱なリアルタイムシステムの場合は、自分の処理を一定時間で止めて、ネットワークからの情報を確認する。これだと、目の前の処理を一瞬止めてしまうので、その時に敵が攻撃してくると対応できない。だから、戦場の情報システムは、レーダーセンサーなどの情報処理は止めずに、ネットワークからの応答を知ることが出来るように規格されている。リアルタイムセンサーはそれぞれ情報が更新されるタイミングが違うので、それぞれに合わせた処理能力の分担が必要になるのだ。

WIN-T_Tactical_Architecture_02
WIN-T戦術ネットワークのアンテナを右サイドに装備したM-ATV 戦車以外の車両にも搭載してこそネットワークの力が発揮される

海軍は自艦のみで探知できる敵が限られるので、早くから艦隊内外での情報ネットワーク化を進めてきたので、米海軍のみならず、海上自衛隊やNATO各国の海軍も同じ通信規格を採用している。これによって、能力においては、日米海軍は同時目標対処が可能であり、訓練では実際にそうしている。

M1エイブラムス戦車はこのネットワークに属することで、他のMBTとは別次元の能力を持っている。例えて言うなら、丘の向こうの見えない敵も探知でき、戦場を見通すことのできる能力だ。M1エイブラムス戦車乗員の誰もが、かつてのナポレオンやミハエル・ヴィットマンの能力を有しているようなものだ。フランスのルクレール戦車や10式戦車も同様の情報共有の能力を戦車個々に有しているが、自衛隊の10式戦車がAH-64Dの情報を受け取れないことで分かるように、米軍が実現しているような情報処理能力は有していない。自衛隊という組織として能力が無いので、戦車個々の性能うんぬんではない。全員がミハエル・ヴィットマンの戦車部隊を想像するだけで、M1エイブラムス戦車がどれほど圧倒的な強さを持つか分かる。

■装甲(防御力)

M1エイブラムス戦車の装甲防御力は世界最高レベルであろう。昔から防御を重視するイギリスのチャレンジャー2戦車よりも防御力は高いと思われる。

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輸送機から降ろされるM1A2戦車 輸送可能な限界まで防御が強化されている

元々イギリスのチョバムアーマーを参考に複合装甲を取り入れ、防御を重視していた。第3世代の戦車なので、第4次中東戦争の戦訓を反映させた対HEAT弾対策、誘爆防止、対戦車地雷対策、自動消火装置などを取り入れている。試作段階でもソ連の主砲の至近弾に抗する装甲を要求された。T-62の115mm砲APFSDS弾を800mの距離から受けても貫通できない装甲を目指したのだ。このためM1エイブラムス戦車の正面装甲は傾斜角が付けられた。初期に複合装甲を取り入れたレオパルド2などより優位な防御力を持っているといえる。

さらに、M1エイブラムス戦車はA1、A2と進化するたびに重装甲になっていき、M1A2では初期のM1の2倍の装甲厚に相当するほどの強化をされているといわれる。均質装甲鋼板での相当厚みは600mmほどになるだろう(RPGや125mm砲の貫徹力から逆算)。つまり、M1A2重装甲型の正面装甲は戦艦大和の46cm主砲の弾丸が直撃しても貫通できない計算だ(もちろん戦車としては破壊される)。

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サイドスカートに爆発反応装甲をつけたM1A2SEPのTUSKⅠオプション装備車

近年は地雷やIEDなど簡易な対装甲兵器からの全周防御が重視され、M1A2市街戦対応パッケージでは機銃シールド、サイドスカートなどへの爆発反応装甲の追加、地雷防御を加え、地上戦においてはほぼ無敵の防御力を誇っている。米国のリポートでは湾岸戦争時にスタックしたM1エイブラムス戦車に3両のT-72が攻撃を仕掛け、その125mm砲弾を至近から受けたが全く損傷がなかったと報告されている。また、この時には、スタック車両を友軍のM1エイブラムス戦車が主砲で攻撃して破壊しようとしたが出来なかったと言われている。

M1エイブラムス戦車は第3世代戦車の中でも大きな装甲スカートを持ち、この点でも先見の明があった(レオパルド2や10式戦車も最近になって大きな厚いスカートにしている)。TUSKIIなどのパッケージではスカートに爆発反応装甲が加えられ、その上に瓦のような板が追加されている。これは砲塔側面にも追加され、M1エイブラムス戦車が全周防御に腐心していることが良く分かる。T-72に対して無傷を誇ったM1エイブラムス戦車もIEDやゲリラ兵による肉薄攻撃には苦労しているようだ。

■戦歴

アメリカ軍戦車だけに華々しい戦果を誇っている。湾岸戦争を始めとした冷戦後の各地の紛争に投入され、地上戦での決選戦力としての役割を果たしてきた。

・湾岸戦争

GulfWar_Abrams_in_formation
湾岸戦争で砂漠を侵攻するM1エイブラムス戦車部隊

第3世代のMBTで大規模な戦車戦が行われたのはこの戦争が唯一である。M1エイブラムス戦車とT-72戦車はそれを戦ったMBTである。

湾岸戦争の地上作戦「砂漠の剣」は圧倒的な航空優勢の下に行われ、3千両以上のイラク軍戦車と米軍2550両、イギリスなど多国籍軍約1000両の戦車が大規模に機甲戦闘を展開した。おそらく、史上最後の機甲戦になるのではないだろうか。

DESERT STORM
破壊されたイラク軍のT-72戦車 M1エイブラムス戦車には全く歯が立たなかった

当時イラク軍が装備していたT-72はロシア製の輸出バージョンで、ロシア本国のT-72よりは能力は劣る。M1エイブラムス戦車との性能差は決定的で、戦場で会戦したT-72戦車はM1エイブラムス戦車に一方的に撃破されている。特にM1エイブラムス戦車の防御力や夜間戦闘能力が際立ち、T-72戦車に攻撃の隙さえ与えない一方的な戦闘となった。逆にT-72戦車は脆弱な防御力が露呈し、主砲の125mm砲はM1エイブラムス戦車の装甲を打ち抜けなかった。

この戦争によって、M1エイブラムス戦車はその能力を実証した。現代でも十分な防御力と相手の装甲を貫通できる主砲威力が最重要であることが再確認された。戦場で相手戦車に対抗できない戦車はもはやMBTでない。さらに現代の戦闘では昼夜区別なく戦闘出来る能力が必須で、夜間でも2000mを超える距離で戦闘を行えなければならない。

また、完全に制空権を握り、24時間体制の戦場監視体制があっても、遭遇戦は発生することも分かった。航空攻撃では隠された装甲目標を完全に破壊することはできず、地上戦開始後、かなりの戦闘車両が残っていたことが明らかになった。

GulfWar_Destroyed_M1A1_Abrams
完全に破壊されてトレーラーで後送されるM1エイブラムス戦車 味方のM1の誤射が多かった

湾岸戦争中に損害を受けて行動不能となったM1エイブラムス戦車はわずか23両で、しかも敵戦車の攻撃で車両が被害を受けたのは2両だけで、ほとんどは味方の誤射であった(劣化ウラン弾によって攻撃を受けているので明瞭に分かる)。優勢であっても戦場は混乱し、あらかじめ想定していないことが起こるのが常だとわかる。

この戦争での戦訓によって、夜間赤外線暗視装置の表示で識別するための標識が必要なことが分かり、CIPと呼ばれるプレートを砲塔周囲に取り付けるようになった。

・コソボ戦争

KosovoWar_KFOR_M1
コソボで停戦監視任務あたる米軍KFOR部隊のM1エイブラムス戦車

コソボ戦争はNATOが旧ユーゴスラビアのセルビアのコソボ自治州での紛争に介入した戦争である。NATOとしての初めての大規模な戦争行為で、主に航空機によるセルビアへの爆撃が主体であった。セルビアは米軍などNATO軍との実力差を十分に認識しており、ミサイルや戦闘車両を巧妙に隠し、応戦しなかったため、大多数の戦闘車両、防空兵器は被害を受けなかった。しかし、飛行場や指揮系統のインフラ、産業インフラを全く守れず、実質的に戦闘力を失った。

セルビアの停戦合意後にNATOの地上軍がコソボに派遣された。この派遣部隊がKFORでM1エイブラムス戦車も参加していた。

・イラク戦争

「イラクの自由」作戦という、いかにもアメリカ的な作戦名の戦争は、湾岸戦争の延長のような戦争であった。

湾岸戦争で米軍の力を知っていたイラク軍は最初から正面切った戦闘を避け、大規模な戦車戦などは起こらなかった。イラク政権の力の要だった共和国防衛隊の戦車部隊も市街にこもり、出てくれば空爆された。全土の制圧に1か月強しかかからず、驚異的な侵攻速度だった。

M1エイブラムス戦車はこの戦争でも戦車としての能力を発揮したが、ゲリラ的な戦法に徹したイラク軍によって被害を受けている。市街戦での上部からのRPG攻撃、地雷、IEDなどで、特に戦争後半、イラクの占領作戦中に高性能化していったIEDでは車体が全損するほどの損害を受けるようになった。どれほど、重装甲の戦車でも、全周防御は難しく、逆に目立って攻撃を受けやすい戦車の弱点を露呈した。相手に重装甲重武装の戦車がなく、機動力を発揮できない市街戦では、戦車は役に立たないのだ。

但し、戦車砲の威力は市街戦でも有効だと認識されている。

Fallujah_2004_M1A1_Abrams
イラク戦争、ファルージャ攻略戦で市街地で至近目標を砲撃するM1エイブラムス戦車 主砲の威力は強大だったが、市街戦では苦しんだ

米軍は、イラク占領中の戦訓に合わせ、戦車砲や対戦車ミサイルに使う対人用榴弾を開発し、早々に配備使用している。

■発展

M1エイブラムス戦車はこれまで述べたように今も戦訓を取り入れながら進化している。開発当初のM1エイブラムス戦車と現在のM1A2 SEPなどを比べると全く別物と言って良いほど変化している。特筆すべきはベトロニクス、情報化機器の改良と電子センサーの進化である。次に防御力の強化が重要で、これは戦訓によって改良が続いている。

各型の比較
M1[4] M1A1[4] M1A1(HA)[9] M1A2 M1A2SEP[1]
製造期間 1979年~85年 1985年~87年 1987年~92年 1992年~現在 現在
全長 9.76m 9.83m
全幅 3.66m
全高 2.44m 2.37m
最高速度 72km/h 66.8km/h 67.6km/h
航続距離 495km 465Km 479km 465km 426km
重量 54.45t 57.15t 61.51t 62.10t 63.28t
主砲 51口径105mm
ライフル砲M68A1
44口径120mm滑腔砲M256
乗員 4名(車長, 砲手, 操縦士, 装填手

●現在米軍で運用しているM1

  • M1A2    1174輌(陸軍)
  • M1A1    4393輌(陸軍)
  • M1A1    403輌(海兵隊)
  • M1         2385輌(保管)

以上が存在している。

当初、M1A2は特別にデジタル化した師団に配備されていた。米陸軍はストライカー装輪装甲車を中心にしたストライカー「軽」師団とこれまで同様の装軌重装甲車両を装備した「重」師団を整備しようとしていた。それと同じように、特別に部隊全体をデジタル化した師団を編成した。M1A2はその師団に優先に配備されていた。

このデジタル化はやがて全軍に及び、しだいにこの区別はなくなっていくだろうが、現在の米国の財政では、すべてのM1エイブラムス戦車をA2化するのは難しいので、当面、アナログなA1を装備した「アナログ」師団も残ることになりそうだ。

●海外へ輸出されたM1

オーストラリア M1A1 – 59輛
エジプト M1A2相当 – 1,005輛(M1A1からのアップグレード755輛およびM1A2 250輛)
クウェート M1A2 – 218輛
サウジアラビア M1A2S – 315輛

M1A1 – 73輛

モロッコ M1A1SA – 200輛
イラク M1A1M – 140輌を導入予定

2015年現在すでに一部は導入されている。

M1_Abrams_tanks_in_Iraqi_service
M1エイブラムス戦車はかつての敵国イラク軍にも使用されている 既にISに鹵獲された車輛もあるようだ
中華民国(台湾) M1A1 – 200輌を導入予定

M1

105mm砲装備型。最初期型で、105mm砲を装備して生産された。初期には履帯の脱落などがあったために機動輪に脱落防止のために外側に枠が取り付けられていたこともあった。

M1 IPM1

主砲基部、変速機、サスペンションの改良型。

M1A1

本命の主砲、44口径120mm滑腔砲M256を搭載。車内電子装備も改良。

M1A1(HA)

装甲に劣化ウラン装甲を封入した装甲強化型。

M1Abrams_Armor_12
複合装甲の様子が分かる珍しい写真 サンドイッチされている劣化ウラン装甲のコンテナか

ちなみに、米海兵隊の正式のM1エイブラムス戦車はこのM1A1のHA重装甲型までが配備された。

M1A2

車長用全周視察装置ICTVを搭載していることで外形を識別できるが、本当の改良は戦術ネットワークシステムを導入したこと。FBCB2へ対応し、他のM1エイブラムス戦車や部隊間で戦術情報の交換が可能。車内の電子装置も大幅に改良された。電子機器が増えたことに対応して空調装置なども改良されている。

サウジアラビアやクウェートのM1A2戦車は装甲や一部機能が制限されたダウングレード版で、当然、戦術情報システムなどの機能も使えない。

M1A2 SEP

M1A2SEP_TUSK2
M1A2SEP TUSK2 各部名称

M1エイブラムス戦車の現在の最新型。市街戦に対応させたタイプ。外部視察能力を向上させるためにキューポラを改良。機銃シールドの追加、発煙弾投射機の改良、車外有線電話の設置など。電子装置も改良され、最新の戦術ネットワークに対応したパネル、ソフトウェアに更新されている。

M1A2SEP TUSKⅡタミヤ製キット


M1A2SEP TUSKⅡタミヤ製キット

瓦型装甲はERAの外側へ追加されている


M1A2SEP TUSKⅡタミヤ製キット

車体底面への追加装甲

M1A2 SEPにはTUSKⅠとTUSKⅡの市街戦用防御強化オプションが用意されており、地雷、側面上部からの対戦車榴弾、IEDなど全周からの脅威に対応している。サイドスカートや砲塔側面に爆発反応装甲など追加装甲が付加され、底面にも装甲が追加された。

M1 ABV

USMC M1ABV
アメリカ海兵隊のABV工兵戦闘車両

海兵隊の使用する地雷啓開用の工兵戦闘車両。39両が生産された。

■まとめ

M1エイブラムス戦車はシステムとして世界最高品質の戦車だ。レオパルド2より防御力などが優秀で、90式など軽量級のMBTならワンサイドゲームになるほどの実力を持つ。しかしながら、それは、いわばスイス製の高級腕時計のようなもので、実に繊細で、手のかかる戦車だ。米軍というゆりかごの中でこそ実力を発揮する戦車といえる。

ベトロニクスの融合においては、他の戦車とは次元の違う兵器になっている。B2爆撃機や駆逐艦ズムウォルト級のように、アメリカ軍以外では運用出来ないだろう。アメリカ軍が現在運用している状態で戦えば、レオパルド2すら相手にならないが、登場時に主砲が貧弱で現在も44口径120mm砲以上の強化がなされていないこと、ガスタービンエンジンの特殊な燃料と莫大な消費量による補給への負担などから、電子センサーや防御の優秀さを勘案しても、レオパルド2の下位にランキングした。レオパルド2が過不足なく戦車に必要な機能を実現したのに対して、M1エイブラムス戦車はまさにアメリカ軍の技術や資産、巨大な軍事費をつぎ込み、性能を物量とネットワークで支えている戦車なのだ。逆に、3.5世代MBTネットワークシステム戦車としては世界唯一で最強の戦車といえるだろう。

本TOP10では実部隊での運用能力を評価しているので、M1エイブラムス戦車が実運用で最高能力を発揮している点は大いに評価したい。しかしながら、もしM1エイブラムス戦車の代わりにレオパルド2を運用していた場合を考えてみると、同じように最高性能を発揮していただろう。しかも、莫大な燃料負担なしに、割と安く実現したに違いない。

米国はすでに戦車の新規生産ラインを稼働させていない。つまり、当面M1エイブラムス戦車に代わる新戦車は登場しない。21世紀後半までM1エイブラムス戦車がアメリカ軍の機甲戦力の中核を担うのだ。既にA3タイプの改良型が検討され、今後もさらなる進化を遂げるだろう。無人戦闘兵器が多用され、高度に情報化された戦場では、戦車はかつてのような決定的な戦力でなくなっていくだろう。M1エイブラムス戦車が最後のアメリカ軍MBTになることもありえる。その時、M1エイブラムス戦車は、史上最強にして最後のMBTになるかもしれない。

【参考サイト】

http://turbotrain.net/m1tank.htm

このサイトは、M1エイブラムス戦車のエンジンについて非常に分かりやすく日本語で解説している

http://sus3041.sakura.ne.jp/contents/calcula/mbt_m1a2_arm.htm

M1A2戦車の全周の装甲防御能力の推定

戦車TOP10 8位 イギリス センチュリオン戦車

イギリスが第二次大戦末期に開発した中戦車センチュリオン。

Centurion_cfb_borden
センチュリオン戦車
性能諸元
全長 9.83m
車体長 7.55m
全幅 3.39m
全高 3.01m
重量 52t
懸架方式 ホルストマン方式
速度 34 km/h
行動距離 450km
主砲 Mk.1-2:58.3口径17ポンド砲(70発)
Mk.3-8:66.7口径20ポンド砲(65発)
Mk.9-:51口径L7 105mm砲(64発)
副武装 Mk.1-4:7.92mm ベサ機関銃
Mk.5-:7.62mm M1919重機関銃(4,200発)
装甲 砲塔
前面:152mm 側面:65mm
後面:50mm 上面:25mm
車体
前面:76mm(Mk.5/1以降、+50.8mm)
側面前部:51mm
側面後部上:36mm
側面後部下:20mm
車体上面:25mm
底面:17mm
装甲スカート:5mm
エンジン ロールス・ロイス
ミーティア・ガソリンエンジン
650HP
乗員 4名

イギリスは戦車に頭文字Cで始まる名前を付けるのが慣例となっており、センチュリオン(Centurion)、チーフテン(Chieftain)、チャレンジャー(Challenger)などとなっている。チャーチル歩兵戦車(Mk.IV Churchill Infantry tank)は英国首相の名前であるが、たまたまCから始まる名前で都合も良かった稀な名前だ。

開発呼称はA41、一応巡航戦車のシリーズとして開発された。Cで始まる名称も巡航戦車の伝統だ。

■開発

センチュリオンをTOP10にランキングさせた理由の1つは、T-34とならび主力戦車の概念を作ったからだ。

第二次大戦当時、戦車は偵察を主任務とする軽戦車と対戦車戦闘や歩兵支援を任務とする重戦車という区別がされていた。これは、戦車が前大戦までの騎兵部隊の任務を引き継いだことや、重い大砲を装備して、軽快な機動力を発揮できるエンジンや走行装置が開発できなかったためだ。戦場で歩兵を上回る移動速度が必要な場合は、装甲を薄くして、軽武装の快速な戦車をあて、敵陣地への攻撃などの場合は、大きな大砲を搭載した大きな戦車がゆっくり動きながら支援する。主兵力は歩兵であったので、重戦車の機動力は歩兵並みで良いとされた。

イギリスの場合、軽快な戦車を巡航戦車、歩兵支援を行う重装甲の戦車を歩兵戦車と呼び、全く別物の戦車を2系統で開発し運用していた。

Comet_tank
巡航戦車コメット この戦車の後にセンチュリオン戦車が開発される

第二次大戦前、ドイツ陸軍は機甲戦の考え方を有していたが、防御された前線を突破可能な攻撃力・装甲と突破後の前線背後への侵攻が可能な機動力を併せ持った戦車は開発出来なかった。終戦時の条約と技術的な制限のゆえだ。

しかし、第二次大戦が始まってみると、軽戦車のような弱武装では偵察すらままならず、一度交戦が始まれば、砲撃下で機動力を発揮する暇もなく撃破された。また、重戦車は、前線すら定かでない流動的な前線に駆けつける事すらできず、敵に相対しても、機動力で迂回されると追撃する機動力が無いので取り残され、最後には敵重砲の餌食になった。そして、戦車にとっての最大の敵は戦車であった。敵戦車を無力化できなければ、戦車は役に立たないのだ。このような状況でドイツ軍の3号戦車、4号戦車は主力戦車的に使われるようになり、対戦車戦闘が可能な主砲に強化され、それにあわせ、機動力と装甲も強化された。多砲塔の重戦車を作ってきた米ソはそれを旋回単砲塔の戦車に切り替え、それぞれM4シャーマンとT-34戦車を投入した。

対するイギリスは、戦争が始まっても巡航戦車と歩兵戦車という区別を捨てきれなかった。おそらく、軍はこのような区分が実戦で役に立たないことは分かっていただろうが、騎兵部隊は自分の巡航戦車、歩兵部隊は自分の歩兵戦車を固守したがった。また、アフリカでの戦闘などで戦車戦力の欠乏・欠陥が露呈すると、イギリス政府は自国の戦車開発を見限って、米国からM3やM4戦車を多量に導入した。M3の場合、旋回砲塔の機能を強化していることからも、イギリスが戦車にどのような能力が必要か分かっていたと思われる。タイガー戦車など、ドイツ軍に新型戦車が登場した際も、いち早く、17ポンド砲を装備したM4ファイアフライを設計した。軍用兵側の設計チームの方が、より実用的な戦車を設計できた。

British_Sherman_Firefly_Namur
第二次大戦中ナムル近郊で戦闘に備えるシャーマン・ファイアフライ

※M4ファイアフライは王立砲術学校のウィスリッチ少佐の提案で開発された。同じ17ポンド砲装備の巡航戦車A30チャレンジャーはバーミンガム鉄道車輛会社が開発。巡航戦車・歩兵戦車の開発はメーカーが主に担っていた。

戦車という新兵器を生み出したイギリスだったが、戦車開発の始祖であったことが、この時の戦車開発にはマイナスになっていた。タイガー戦車後に登場しながらそれに全く歯が立たない戦車クロムウェルを投入し続け、自国と英連邦兵士の多大な犠牲を出した。これは兵器開発で最も忌むべき例である。役に立たない設計は兵士の血を持って贖われ、どんな勇敢さも価値のない犠牲になってしまうのだ。この例の最悪は特攻機・船を開発した日本兵器産業だ。

■武装(攻撃力)

イギリスがようやく目を覚ましたのは第二次大戦も終わりに差し掛かったとき、巡航戦車であっても敵戦車を撃破できる主砲と撃ち合っても生き残れる装甲を持った戦車センチュリオンを開発した時だ。当初、タイガー戦車をAPDS弾で撃破可能な17ポンド砲を搭載し、後に、17ポンド砲の後継となる20ポンド砲を主武装にした。

センチュリオンはどちらかというと防御を重視した戦車であったが、この20ポンド砲の優秀さがその攻撃力を世界最高レベルに引き上げた。

この20ポンド砲は英国王立工廠ロイヤルオードナンス製で、すでに名砲として名高い17ポンド砲の後継として開発された。

オードナンス QF 20ポンド砲 データ
口径 84mm
砲身長 66.7口径(5.57m)
弾種 APCBC-T
APDS-T

英国は優秀な火砲いくつも開発してきたが、その中でも17ポンド砲からL7 105mm砲までの系列は最優秀と言って良い。戦車用のライフル砲では並ぶものがない。よく言われる話に、20ポンド砲がドイツ製火砲のコピーという話があるが、こういう話をする人は火砲の開発のなんたるかを知らない人だ。

火砲は部品の組み合わせだけで作れるものではない。単純に言えば砲身と薬室がひっついたものだが、これらを、火薬の強大な爆発に耐えるように作り、なおかつ、高熱や圧力にさらされても精度を保たなければいけない。戦車砲の場合、重量も出来るだけ軽くしなければならない。もし、砲の設計図があったとしても、個々の部品そのものを製造する技術が無ければ生産できない。

砲身は最も精度が要求され、かつ強靭でなければならない。砲身に使用される鋼は炭素、タングステンやモリブデンなどを微量に加えた合金で、製造過程で慎重に鍛造、熱処理される。さらに長い砲身内を穿孔し、ライフリングも施す。これらを考察しただけでも、砲身そのものがそこにあってもコピー不可能なことが分かる。製造にかかわる全てのノウハウを知ってもまだ製造は難しい。L7は各国が参考にして同じものを作ろうとしたが、結局のところどれも失敗している。

そして、戦車砲は砲そのものだけでなく弾頭や弾薬も含めたシステムとしてその性能を発揮する。弾薬は多量に生産しなければならないので、量産工程での効率化なども必要である。どの部分を精巧に作るべきか、どこは生産性を優先すべきか、全工程を詳細に設計して、初めてこのような戦車砲が製造可能なのだ。

この20ポンド砲はAPDS弾で1000m先の287mmの装甲鋼板を貫徹可能(弾着角0度)で、当時想定されるどんな戦車も撃破可能であった。ソ連のIS-3は車体前面110mm(傾斜角60度)だが距離1000mで撃破できる。敵戦車を撃破可能なことはMTBの必須の性能で、センチュリオンはこの重要な項目をクリアしている。ASDS装弾筒付徹甲弾の能力もあり、当時の他の戦車砲を凌駕する性能を誇っている。

オードナンス QF 20ポンド砲と他の兵器の性能比較表 均質装甲を射撃した結果
兵器名称 砲口初速(単位m/s) 貫通性能(単位mm)
20-Pounder(Mk.3 APDS) 1,465 287(弾着角90° 射程1,000m)
85mm D-48(BR-372 HVAP) 1,040 185(弾着角90° 射程1,000m)
8.8 cm PaK 43(PzGr.40/43 APCR) 1,130 241(弾着角90° 射程1,000m)
90mm M3(M304 HVAP) 1,021 230(弾着角90° 射程914.4m)
90mm T15E2/90mm T54(HVAP) 1,143 196(弾着角60° 射程914.4m)

この20ポンド砲はのちにライフル砲の最高傑作とされるL7 105mm戦車砲に進化する。センチュリオンはMk5でこの砲に換装することになる。

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デンマーク軍のセンチュリオンMk5 105mm砲を搭載している

シャーマン・ファイアフライに17ポンド砲を搭載した際に、砲塔内のスペースに余裕が少なく装填作業にも支障があった経験から、センチュリオンは砲塔容積を大きくとっている。さらに、センチュリオンの特徴になっている砲塔周囲に設けられた装具箱を常設することで、車内の容積確保に役立っている。これはのちにHEAT弾へのスペースドアーマーの効果も発揮した。

■装甲(防御力)

Centurion_armor_7_2
センチュリオン戦車は装甲防御を重視して設計された

センチュリオン開発の主旨は、敵戦車に対抗できる装甲をもつ巡航戦車で、当初から防御が重視されていた。

砲塔は鋳造構造でほぼ垂直だが、全面で152mmありかなり重装甲。車体は避弾経始が考慮され、前面76mmで傾斜角55度、垂直鋼板140mm相当でドイツの88mm砲になんとか対抗可能でアウトレンジされない。

Centurion_armor_7
センチュリオン戦車の装甲厚

前述したように、各所の装具箱で直撃の被弾を避けるように設計され、車体側面も車輪やサスペンション、スカートが防御に役立っている。第二次大戦末期にドイツ国内の戦闘で瓦礫にこもるドイツ兵のパンツァーファウストなどの対戦車兵器で犠牲を出した英軍はセンチュリオンの設計にその教訓を反映させ、HEAT弾のスタンドオフ効果を狙って各所に工夫を凝らしている。車体底部を船底型にしているのも、地雷の爆風をそらして被害を減らすためだ。スカートを通常装備したことも先見の明というべきだろう。

エンジンがガソリンエンジンで、燃料に引火性の高いガソリンを使わねばならないのが防御上の大きな欠点だ。戦車用の高性能ディーゼルエンジンを用意できなかったことは、次項の機動力にも影響し、センチュリオンの評価に悪影響を与えている。

後継戦車のチーフテン戦車はセンチュリオン以上に防御力を強化しているので、イギリス軍はセンチュリオンの防御力でもソ連のT-62やT-72に対抗するのは難しいと考えていたようだ。チーフテン戦車はほとんど重戦車化しており、イギリスがどれだけドイツ戦車に苦しめられたのかが見て取れる。チーフテンは冷戦期によみがえったタイガー戦車のようだ。しかしながら、センチュリオンを戦車戦力の主体として使用したイスラエル軍はL7 105mm砲を搭載したセンチュリオンがT-62より優れていると判断したことから、軒並み軽装甲な主力戦車がそろっていた第二世代MBTにも見劣りしない防御力を有していた。第三世代のMBTになり、再び防御力を重視されるようになったことからも、センチュリオンの防御重視の設計思想が正しかったと言える。

■機動力

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オーソドックスな設計のサスペンションと大直径転輪は防御にも役立っている

走行装置はオーソドックスなホルストマン式サスペンションに、ロールスロイス製ミーティアV型12気筒ガソリンエンジンを組み合わせ、相応の機動力を発揮した。

ミーティアエンジンは傑作航空機用エンジン「マーリン」の車載用改良型。650馬力以上の出力で50t近い車体を時速34kmで走らせることができた。ガソリンエンジンは戦車用エンジンには向かないので、これはセンチュリオンの欠点である。結局、イギリスは後々もまともな戦車用ディーゼルエンジンを開発できなかったので、この分野は得意ではなかったようだ。

ホルストマン式サスペンションは外装式のコイルスプリングによる懸架方式で、2輪1組で構成される。外装式なので整備性に優れ、側面の防御力向上にも役立っている。部品を犠牲にして乗員を保護するという方針が徹底されている。独立懸架のトーションバー方式や油圧サスペンション方式に比べ性能は劣るので、機動性能は平均並みか少し劣るか。整備性、信頼性などが優れているので、全体として次第点。

■戦歴

就役期間が長く、戦歴も多い。第二次大戦には間に合わなかったが、冷戦期に入ってすぐの朝鮮戦争で活躍する。M4シャーマンが北朝鮮軍のT-34/85に対抗できなかったなかで、センチュリオンは優れた戦闘力を発揮し、攻守ともT-34を上回った。機動力も山がちの朝鮮半島で十分な性能を発揮した。戦争中の最優秀の戦車との評価を受けている。


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朝鮮戦争でのセンチュリオン戦車


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北朝鮮軍のT-34/85
当初、国連軍でこの戦車に対抗できたのは
センチュリオンだけだった。

センチュリオン戦車が最も活躍したのは中東戦争だ。中東戦争でのイスラエル戦車部隊の主力として、その代名詞になるほどの活躍を見せた。当初はエンジンや古い照準装置などの問題も指摘されたが、そもそも余裕のある造りだったことから、イスラエルお得意の改造を受け、第2.5世代戦車にまでなった。第三次・第四次中東戦争では戦車部隊の主力となり、T-55やT-62と激戦を繰り広げ勝ち抜いている。イスラエル軍の使用した戦車の幾つかは防御力の不足を指摘されたが、センチュリオンの防御力に対する信頼は高かった。

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中東戦争で活躍するセンチュリオン戦車

印パ戦争ではインド軍がセンチュリオン戦車を用いて、パキスタン軍のパットン戦車と戦い勝利している。

南アフリカもセンチュリオンを実戦に使用した。

戦歴の中でも沢山の勝利に貢献し、使って見るとなかなか良かったという高評価で、センチュリオンの優秀さの現れと言えよう。

■発展

センチュリオン戦車は現役期間も長く、もともと余裕を持たせた設計だったので、次々と改良されていた。

英国

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イギリス本国でのセンチュリオンの最終形 Mk.13 車体前面の追加装甲、照準用同軸機銃などが分かる

イギリス本国での改良形式だけでもMk.13まで改良された。エンジンと主砲の換装が大きな改良で、主砲はL7A1 105mm砲を搭載した。ソ連の新型戦車の登場に対抗し、Mk.8からは前面に装甲が追加された。最終形は赤外線暗視装置も追加された。

戦車型以外にも各種工兵支援車両に改造されている

センチュリオンAVRE 戦闘工兵車
障害物破壊用の165mm砲を搭載し、ドーザーブレードや地雷処理装置の取り付けが可能。
Centurion_avre_mk5_2
センチュリオンmk5 AVRE 戦闘工兵車
センチュリオンARK/AVLB 架橋戦車
75フィートの長さで、耐荷重80tの橋を架けることが出来る。

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センチュリオンARK 架橋戦車


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センチュリオンAVLB 架橋戦車

センチュリオンARV 戦車回収車
チーフテンやチャレンジャー戦車も回収可能。
Centurion-ARV-MkII_6
センチュリオンARV 戦車回収車
センチュリオンBARV 海岸回収戦車
海兵隊用に上陸作戦時に使用する。イギリス軍で最後まで使用されていたセンチュリオン戦車である。
Centurion-BARV
センチュリオンBARV 海岸回収戦車

○イスラエル

Centurion_shot_9
イスラエル軍のショット戦車

イスラエルはセンチュリオンを芯まで使い切っている国である。センチュリオンの究極形はイスラエル軍のセンチュリオン、ショット戦車(Shot)だ。この戦車はセンチュリオンの欠点であったエンジンをアメリカ製のディーゼルエンジン(コンチネンタル
AVDS-1790)に換装することで機動力の問題をクリア。トランスミッションもアリソン製に変更。機関系をアメリカ製に統一して整備性をより高めた。主砲はL7にして、遠距離での戦闘力を高め、T-62などの新型戦車をも撃破できる攻撃力をそなえた。キューポラもイスラエル得意の少し浮き上がって周囲を視認できるハッチに変更した。実戦で鍛え上げられたセンチュリオン戦車は戦場でその能力を証明し、傑作戦車と評価されるようになった。

Centurion_shot_9_engine
アメリカ製のディーゼルエンジンに換装されたショット戦車のエンジンルーム

メルカバ戦車が登場したのちも、爆発反応装甲を付けたり、リモート操作の機銃を付けたりして改良を重ねたが、レバノン内戦後は現役を退いている。

・重装甲APCへの改造

イスラエルはT-55をAPCに改造したアチザリット装甲車を使用しているが、センチュリオンも同様の改造を加え、ナグマショットから続く戦闘工兵車を開発した。これらはいずれも戦車の砲塔を取り除き、戦闘室に兵員を乗せられるように改造している。元々戦車なので通常のAPCを超える装甲を有しているが、側面・上部を中心にさらなる防御強化を図っている。砲塔と主砲の分だけ装甲を強化したなら足回りはそのままで重装甲にできる、という理屈だろう。戦車の時よりも重くなるほどの装甲強化を行っている場合もある。

ナグマショットなどのセンチュリオン改造戦闘車はアチザリット戦闘兵車よりも工兵装備が多く、戦闘工兵として運用されているようだ。地雷防御を重視したセンチュリオンにあった運用であろう。戦闘工兵車両に使うため、車体前部に地雷処理ローラーやドーザーブレードを取り付けることができる。市街戦を考慮して全周にわたる視察装置とリモコン銃塔が装備されている。

センチュリオン戦車は元々後部にエンジンがあるので、兵員の乗り降りは車体上部から行う必要があり危険。アチザリットはエンジンを寄せて後部に細い乗降口がある。改良型には後部乗降口周りに装甲版を立てている。

ナグマショット
センチュリオン改造の装甲兵員輸送車。10人の歩兵の登場が可能。
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イスラエル軍 ナグマショット装甲兵車
ナグマホン、ナクバドン
ナグマショットの改良型。ナグマショットとともにドッグハウスと呼ばれる大型の視察銃塔を取り付けたものがあり、どこか不気味。全周を装甲で守りハリネズミのようにとげをたてて武装しなければ任務を遂行できないのが、現在のイスラエルを象徴しているようだ。
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イスラエル軍 ナグマホン装甲兵車 ドッグハウスと呼ばれる全周視察銃塔
プーマ戦闘工兵車
ショット・カル戦車からの改造。
Centurion_PumaAPC_12
イスラエル軍 プーマ戦闘工兵車 メルカバ改造のナメル装甲車に似ている

○南アフリカ

Olifant-1
南アフリカのオリファント戦車 追加装甲で元の砲塔の形が分からないほどだ

原型のセンチュリオンから、現地で改修した型など、イスラエル同様の使い方。南アフリカはアパルトヘイト政策のために長く欧米諸国から武器の輸出を禁じられていたため、最新鋭の戦車を手に入れられなかった。周辺に敵対国が多く、国を取り巻く環境がイスラエルと似ていて、中古の戦車を改造して使うのもイスラエル流だ。実際、各種兵器開発にイスラエルが協力している。

センチュリオンの改造の究極形がオリファント戦車で、増加装甲を付けた最新型は同じ戦車と思えないほどの改造。イスラエルにおけるマガフ戦車(M60パットン戦車改造)の改造に似ている。

■まとめ

センチュリオンは史上初の主力戦車という先進的な概念で設計されながら、完成されたオーソドックスな技術を組み合わせ、これまでのイギリス戦車とは一線を画す完成度の高さを示した。20ポンド砲(後継のL7)や装甲スカートは後世の戦車の模範となるような革新性を持ち、一方で車体構造・懸架方式やエンジンは第二次大戦時に既に評価の高かったものを利用した。今ならリスクマネイジメントというべき手法で開発全体を評価して新旧技術の使い分けをするところ、センチュリオンの設計チームは彼らの経験と感性でそれをなしとげ、かつてないバランスの良い戦車を作り出した。もし、この戦車が生み出されていなければ、後のイギリス国産戦車は生まれず、英国での戦車開発は大戦後に終了していただろう。戦車発祥の国を、現代までつづく「戦車王国」に育てたのがセンチュリオン戦車であった。

現代の偵察機

無人偵察機と広域早期警戒機の時代

航空自衛隊E-767
浜松基地へ帰投するE-767早期警戒機

近く日本も無人偵察機RQ-8グローバルホークを採用するらしい(2015年時点 計画中)。

航空偵察の世界は、軍事力の情報化に伴って大激変している。

無人偵察の発達によって、有人の航空偵察機は減ってきている。特に有人の戦術偵察機はほとんどなくなってきている。

 

■戦術偵察とは

RF-4
戦術偵察機RF-4ファントム

軍用機は初めに偵察機として使用された。第一次大戦のことで、塹壕戦での相手の兵士、火砲、補給線などの位置を確かめて作戦に用いるためだった。軍用機の初めから使われたこの偵察が戦術偵察である。現時点での敵軍の配置や行動を探り、作戦に役立てる偵察である。第二次大戦時に大規模な航空爆撃が可能になると、爆撃目標の選定や爆撃後の効果判定にも偵察機が使用されるようになり、このような偵察も戦術偵察の範疇である。

 

■戦略偵察とは

U-2
ロッキードU-2偵察機

第二次大戦後、冷戦期に入ると、核兵器と弾道ミサイルが登場し、敵国の国力そのものが攻撃対象となると、兵力の具体的な配備以外に、産業資産、交通網、指揮通信網、発電所、石油精製施設を調べることが必要になった。また、相手国の核兵器関連施設、弾道ミサイル基地なども偵察する必要があった。これらは相手国の奥深くにあり、当然、相手領土内にある。実際には戦争状態にない米ソ両国は、相手国を偵察するために高高度を高速で飛行する偵察機を開発した。U-2やSR-71、Mig-25などだ
MIG25
ソ連は高速のMIG-25を偵察機に使用した

これらを戦略偵察機と呼び、主に核攻撃目標に関する偵察を行うものを戦略偵察と分類した。

 

■SR-71から偵察衛星へ

戦略偵察はその後、人工衛星によって行われるようになり、戦略偵察機は次第に使われなくなった。

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キーホール偵察衛星

これは、U-2の撃墜などに見られるように、対空ミサイルの発達により敵国領内をどんなに高く速く飛んでも撃墜される可能性が高くなってきたことが直接のきっかけだ。航空機による戦略偵察は米国が主に行っていた。ロッキードのケリー・ジョンソン率いるスカンクワークはこのための専用機を開発し、その最終形態がSR-71ブラックバードであった。ケリー・ジョンソンはこの機体は決して撃墜されないと豪語し、事実、ソ連領内など敵性国の領土内を何度も飛行しながら1機も撃墜されていない。
Lockheed_SR-71_Blackbird
ロッキードSR-71世界最速の戦略偵察機

高度25000m以上を速度3000km/h以上で飛行するので、速度M4、射程30km程度のSA-2ガイドライン対空ミサイルなら物理的な撃墜可能時間が1分程度しかなく、進路をあらかじめ予測して発射しないと接近することすらできない。おそらく、パトリオットやS-300のような弾道弾迎撃性能をもつミサイルでなければ迎撃不能であった。

弾幕のようにミサイルを発射しておけば撃墜可能だが、平時にこの方法を用いることは難しい。また、偵察機は半径50km以上を偵察可能で、領空の端をかするように飛ぶため、実際に領空内に入っているのは数分間だけだ。この短い時間に、米国の航空機を攻撃する政治判断して命令し、ミサイルを発射するのは難しかった。

このように、SR-71は戦略偵察機として十分な性能を誇っていたが、宇宙飛行にも似たミッションの困難さや通常の航空機と全く異なるメンテナンスが必要なことがマイナス要因となり、偵察衛星に搭載するセンサーの発達によって、次第に偵察衛星に取って代わられることになった。

しかし、米国は、この戦略偵察機を完全に偵察衛星に置き換えることは出来なかった。偵察衛星は低高度の太陽同期軌道を取り、地球上の全地点を通過するようになっているが、その周期は一定で、次に衛星が上空に来る時間は予測可能だ。もし移動式の弾道ミサイルならその時間だけ隠しておけば移動を感知されない。また、常時地上を監視するには何機もの衛星を飛ばしておくことが必要で、米国でも高精度の情報を常時得ることは出来なかった。
すなわち、非常時に思いがけもしない場所を調べる必要が生じたときのためにSR-71やU-2が必要だったのだ。

 

■無人偵察機の登場

実際にU-2やSR-71の運用にとどめを刺したのは偵察衛星でなく、無人偵察機だった。

RQ-4GlobalHawk
RQ-4 GlobalHawk グローバルホーク

偵察用のセンサー、特に赤外線カメラと合成開口レーダーの発達によって、昼夜、天候を問わず上空から地上を監視できるようになったことは偵察衛星の性能を高めた。衛星高度から小さな車まで識別できるようになった。これだけの性能を持つと、逆に、目標の行動を監視することを求めるようになり、移動や時間的な変化を監視するのに偵察衛星の時間的な制約が大きなネックとなった。

一方、U-2やSR-71の設計に使われたステルス技術の発達によって、航空機がレーダーに感知されにくくなると。周期的に衛星軌道をまわる衛星より航空機の方が相手に察知されにくく有利になってきた。

さらに、デジタル通信技術と飛行を制御するコンピュータ技術の発達で、無人航空機に偵察センサーを搭載し、常時目標上空を飛行して監視できるようになった。

つまり、無人偵察機は、偵察機の可用性と衛星の安定性を持っているのだ。当面、全地球的に監視するには、燃料無用で飛べる衛星が用いられるだろうが、無人偵察機は今後も利用は広がるだろう。

 

■戦術偵察機の終焉

無人偵察機では人的な損害はなく、飛行時間も長い、デジタル衛星通信により地球の反対側にいてもその情報を受け取れる。

無人偵察機は高高度を飛行し、広範囲を偵察するグローバルホークのようなタイプと、低高度を短時間飛行し、主に小さな目標の現在時の行動を偵察するMQ-1プレデターのようなタイプがある。かつての戦略偵察機と戦術偵察機のような関係だ。

MQ-1Predator
MQ-1プレデター 主に低空でTVカメラで偵察

各種の無人偵察機によって、敵国のはるか後方の核兵器開発施設から、建物裏の隠れた兵士まで偵察できるようになったために、元来、危険な低高度を敵に接近して飛行しなければならない戦術偵察機の需要は少なくなってきている。

さらに、センサー類の発達・小型化で、通常の航空機にポットタイプの偵察装備を付けるだけで偵察可能になったので、専用の有人偵察機や専用の飛行隊の必要性は減っている。ミリ波レーダーなどによってヘリコプターから瞬時に広域を偵察できるようになったことも、戦術偵察機の活躍の場を少なくしている。

しかし、無人偵察機の運用には特別の指令センターや情報解析システムが必要で、情報通信衛星網と安定したGPS衛星網が必須である。これらは軍用でなくても有用なので、全体の初期コストは莫大であるが整備されている。これは米国に独占されているので、米国以外の国は独立した偵察能力の為には今後も有人の偵察機を運用しなければならない。

 

■広域早期警戒機

湾岸戦争は正規軍同士が地上戦を行った最後の戦争だ。この戦争はまだ、冷戦時代の戦術が残り、米軍や同盟軍も情報化の度合いは小さかった。例えば、誘導爆弾の使用率は、

投下兵器数・量 誘導爆弾の使用割合
ベトナム戦争 200万トン以上(400万発) 1%未満
湾岸戦争 22万7648発 7.7%
コソボ戦争 2万3644発 29.8%
アフガン戦争 1万7459発 60.4%

※Northrop Grumman Future War

湾岸戦争では7%程度しかない、アフガン戦争では60%に達している。軍隊の情報化はこの投下誘導爆弾の使用率と同様に進化していると見ていい。誘導するためにはGPS用の座標ポイントもしくはレーザーによる目標指示が必要で、それは戦場の偵察情報によって得られるからだ。情報量が多いほど誘導爆弾の使用機会が増え、その効果は上がる。

話を戻して、情報化度合いの小さかった湾岸戦争で、実験中にもかかわらず急遽呼び出され、勝利に大きく貢献した航空機がE-8 Joint Stars(ジョイントスターズ)だ。

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E-8ジョイントスターズ 地上を広域で監視する
中古のボーイング707の胴体下部に対地監視用側方レーダーAN/APY-3を搭載している。このレーダーはドップラー・モードで使用するとイラク・サウジアラビア国境全域の地上の移動目標をできる。これによって、イラク軍が国道沿いに移動する様子が丸見えになり、道路に立ち往生するうち、次々と破壊され、道路にはイラク軍車両の残骸がえんえんと続くことになった。
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クウェート国内から撤退するイラク軍をレーダーがとらえた様子

このような機体がある場合、地上での大規模な作戦移動は意味をなさない。アンフェアと言って良いほどだ。湾岸戦争地上作戦での作戦立案をほめる人がいるが、わが方は全く偵察されず、相手方のみ動きが丸見えなのだから、誰であっても可能な作戦であった。逆に、

遭遇戦で敵の先制攻撃を受けたり、カフジ油田への奇襲を未然に察知できなかったり、用心深さに欠ける用兵だった。

それでも米軍と同盟軍が圧勝したのは、軍隊の情報化が決定的な能力差になることの実証であり、米軍が進めてきた情報革命戦略が正しかったことを証明している。

この時に実験的に使用されたE-8はその後正式採用され、改良も続き、現在では、車両の区別ができるようになり、地上偵察の重要な一員になっている。

現代では、合成開口レーダーの実用化、高性能化によって、広大な戦場全体を1機で監視できるようになり、このような機体は各国で実用化されている。E-8のような大きな機体だけでなく、スウェーデンのエリアイFSR-890のような小型の機体にも搭載可能。

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レイセオン社のSLARを搭載したサーブ機

海上哨戒機は以前から側方監視レーダーSLARを搭載していたが、海上のようなまっ平らな上の目標のみ探知可能であった。波のある荒れた海面では性能も限られていたが、レーダーと情報処理能力の向上で、今は波の高い海で潜水艦の潜望鏡を探知することも可能になっている。

海上哨戒機のSLARと地上監視用のそれは同じもので、最新の海上哨戒機は地上も監視可能である。しかし、E-8があえてJoint-Starsと統合を謳ったように、軍隊はいまだ陸軍、海軍、空軍の垣根が高く、運用・技術開発面で統合が難しく、海軍の哨戒機と、その他地上監視機を全部一緒にすることはなさそうだ。

E-8や空域を監視する早期警戒機E-3、E-767などと、リベットジョイントなどの通信監視機や海上哨戒機などを駆使することで、今や戦場は常時監視できるようになっているのだ。


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海上自衛隊P-3C


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RC-135リベットジョイント各種通信を傍受するSIGINT偵察機

さらに詳細な敵勢力地域偵察を行う無人機を導入すれば、戦場に隠れる場所はなくなるだろう。

離れてももはや隠れられない状況から、今後、ステルス性はより重要になってくる。E-8やE-3は戦争を決定づける重要目標なので、ステルス戦闘機F-22やF-35の最初の目標はこれら戦場監視機である。

 

■RQ-4 グローバルホーク

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グローバルホークの透視図

前にある大きなコクピットのようなふくらみ内には衛星との通信用アンテナがあり、偵察センサー類はすべて胴体下部に内蔵されている。

高度なセンサーや燃料を大量に搭載するために相当に大型である。

乗員が不要なので機体上面が空力的に滑らかで、エンジンの空気取り入れ口も機体上部にある。これはステルス性にも有利である。

高アスペクト比の、長い主翼を持ち、全体形はU-2を連想させる。飛行形態は似ているので、当然と言えば当然。

製造はノースロップ・グラマン社による。しかし、センサー類をはじめ、現代の兵器らしく、レイセオンなど主要軍事メーカー統合事業化している。

グローバルホークは1万メートルを超える高高度を飛行し、広域を監視するための偵察機である。自衛隊が運用するのも、北朝鮮や中国・ロシア敵国領域を監視するためと考えられる。高高度であれば、敵領海へ侵入しなくても偵察が可能。

搭載するセンサー類も合成開口レーダーを主にしている。合成開口レーダーは移動しながらレーダー波を照射することで、時間軸で情報を統合し、理論的に広大なレーダーと同じ能力を持つ。レーダーの解像度は最高度の軍事機密であるが、おそらく、1m程度の解像度を有し、自動車などを区別できると思われる。

他には赤外線カメラなどのセンサーも搭載し、弾道ミサイルの発射や核関連施設も監視する能力を持っていると思われる。

米海軍が採用している機体もあり、海上哨戒にも使用可能。当然ドップラーレーダー的な移動目標を監視する能力も有していると思われる。

近年はSIGINT、電子偵察任務にも使用され。レーダー波や通信波の傍受も行っている。

エンジンはロールスロイス製QE3007ターボファンエンジン。ペイロードは約900kg。最大離陸重量は12t。

全幅は35mもあり、戦闘機F-15の2倍もある。

GlobalHawk
RQ-4整備中の人と比べるとその大きさがわかる
この長い主翼のおかげで航続距離は1万海里を超える。低速で巡航するので、同一地域を12時間程度監視できるのではないかと思われる。今後、無人機に空中給油能力などが付与されれば、本当に24時間自動的に滞空して、常時世界を監視できるようになるだろう。

 

■RQ-1プレデター/MQ-9リーパー

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プレデターはミサイルを搭載し攻撃もできる偵察機

グローバルホークより小型の偵察機で、戦術偵察用の機体といえる(前述したように、実際にはそのような区分はなくなった)。グローバルホークと似たような形態だが、全幅14.8m、全長8.2mとずっと小さい。

より低高度(上昇限度は7620m)で運用されるので、センサーも光学センサーが多く、赤外線TVカメラがその代表。リアルタイムで戦場の状況を伝えることが出来るので、作戦上極めて有意である。

また、訓練されていない分析官でない、部隊長や政治家でもカメラ映像は見てすぐに理解できるので、まさにリアルタイムに政治的な決断を伴った作戦が可能であり、このことから、偵察、監視、攻撃、評価とプレデターが多用途化していくことになり、それは制式名にも反映し、MQ-9と多用途を示す「M」がつき、カメラからミサイルまで装備する無人機となった。人間を殺すことが出来る、初めての自律行動可能な無人機だ。映画ターミネーターの世界はすでに到来しているのだ。

イラクでは、スティンガーを搭載したプレデターがMIG-25と交戦し撃墜された。近い将来、無人戦闘機同士の空中戦も行われるようになり、それはあらかじめプログラムした交戦アルゴリズムを使用することになるだろう。今のように、ミサイル発射に人間を介在させると反応が遅れ、完全自律で動作する相手機に負けてしまうからだ。そして、索敵、識別、攻撃までを自動的に実行する無人兵器と発展していくのだ。

プレデターに代表されるような無人機の攻撃は、対テロ戦争で唯一効果のある作戦と言って良い。これと、全世界の通信網を自律的に傍受・解析するシステムがタリバーンとアルカイダの行動を大きく制限しているのだ。

 

■無人機のコスト

無人機の費用は決して安くはない。RQ-4グローバルホークは機体のみで1機25億円、プレデターは1機5億円程度で、F-15の50~100億円、F-22の200億円などと比べると機体そのものは安い。有人機はパイロットを訓練するのに時間と費用がかかるが、一方で、無人機のパイロットや分析官にも専門の訓練が必要である。しかも、無人機の運用にはGPSシステムや衛星通信システムも必要で、運用センターも専用のものが必要だ。今のところ全体的な運用経費はどっこいどっこい。

決定的なのは、人的な損害が全くでないことだ。これにより、政治家は道義的なリスクを排除して戦争を行うことが可能になり、敵国にはより非人間的な戦争になる。今日の大衆民主主義での右傾的な傾向は、戦争が非現実化して、そのリスクを考えることがなくなってきたことが一つの要因。バクダッドががれきと化しても、兵士の損害が100人にも満たないのであれば、一般の米国人は戦争のリスクなど考えずに「戦争しろ」と叫ぶだろう。ベトナム戦争当時のように、誰もがその戦場に行かねばならず、身近な人が死ぬ危険があった時と同じように戦争を考えるはずがない。かつて、自らが死ぬ可能性があったにもかかわらず「戦争だ」と言った人々が、今は犠牲無しで戦争できるのだから。

テロによって自国民死んだり、敵国を占領したりするため、兵士を派遣する必要がなければ、米国人は、少し安いガソリンを確保するためにずっと戦争をしつづけることを許容するであろう。それを「平和、安全」と感じるだろう。まさに安全の為の戦争で、平和のための戦争だ。この、政治家の嘘の代表のような言葉が、実現可能になってしまった。

 

■最後に

考察の最後に、無人機から攻撃を受ける側の立場に立ってみよう。「自分たちの本当の痛みを分からせるために米国の市民を目標にテロを行う」が分かるのではないだろうか。音も姿も見えない無人機から攻撃を受けたとき、復讐はどこへ向かうだろうか。そこに戦う敵兵士がなければ、米国の市民を目標に選ぶことは、彼らにとって普通のことになるだろう。

非対称戦は、攻撃においてのみでなく、反撃の形も非対称にならざる得ないのだ。逆に考えれば、相手国民を戦争目標にしないなら、それは軍隊による戦争でなく、警察力とテロ組織との戦いなのだ。

実際には面倒でややこしい、複雑な行政統治の問題なのに、「敵国」を作り上げることで強大すぎる軍事力を投入してしまう米国の愚かさよ。これはもはや軍隊の仕事ではないのに。

戦争をコンピュータ任せにした時にどんな危険が訪れるか、たくさんのSF小説が予言している。戦争での殺戮に、何の犠牲を払わずに済むはずがない。

 

戦車TOP10 4位 ソビエトT-55


旧ソビエト軍T-55。

T-55
T-55
性能諸元
全長 9.2m
車体長 6.45m
全幅 3.27m
全高 2.35 m
重量 36 t
懸架方式 トーションバー方式
速度 50km/h(整地) 35 km/h(不整地)
行動距離 約460km
主砲 56口径100 mmライフル砲 D-10T2S
副武装 12.7 mm機関銃 DShKM
7.62mm機関銃 SGMT
装甲 防盾 210 mm
砲塔側面 110 mm
後面 60 mm
砲塔上面 30 mm
車体前面上・下部 100 mm
車体側面上部 80 mm
車体側面下部 20 mm
車体上面 33 mm

底面 20 mm
エンジン V2-55 12気筒液冷ディーゼル
580 馬力
乗員 4名

 

戦車大国ソビエトの最多の生産数、すなわち歴史上もっとも多く造られた戦車である。

第二次大戦後の冷戦期を特徴づける戦車で、冷戦期の戦車開発競争の基準となった戦車である。1つのタイプの戦車で、これほど実戦で活躍した戦車は他にない。第二次大戦後直後に開発されて以来(制式化1954年)、現在も使用されている。

 

戦車の生産数
T-55 ソビエト 100,000両
T-34 ソビエト 64,000両(T-34/85含む)
M-4 アメリカ合衆国 50,000両
T-72 ソビエト 25,000両
T-62 ソビエト 20,000両
M-60パットン アメリカ合衆国 15,000両
M-48パットン アメリカ合衆国 12,000両
T-26 ソビエト 11,000両
M-1 エイブラムス アメリカ合衆国 10,000両

 

こうして見ると、ソ連がいかに多量の戦車を生産していたか分かる。ヨーロッパと陸続きであることを最大限利用するなら、機甲戦が必須であることを痛感していたのであろう。

戦中のT-34の生産では、戦時下で一時的に国土の主要部を独軍に占領されていたわりに多数の戦車を生産できたことは特筆に値する。途中で85mm砲に換装しても生産数が落ちなかった。巨大な経済力を持ったアメリカ合衆国でさえM4を5万両しか生産できなかったことを考えると、この生産数は驚異だ。

しかし、それを倍ほども上回るT-55シリーズの生産量は空前絶後、前人未到の数と言ってよい。

これが出来たのは、ソ連が機甲戦力によるヨーロッパ侵攻を戦略の基本にしていたこと、東ヨーロッパの支配によってソ連の経済力が高まったこと、戦車をMBT(T-55)に集約したこと、が相まってなしえたことだ。

T-34から続く生産性の高い設計や信頼性の高いエンジン、クリスティー式懸架装置にかえてトーションバー方式にしたことはT-55の生産性を高めた。

また、最大の敵対国のアメリカ合衆国がM4シャーマン戦車以降、十分な性能の主力戦車を設計できず、常にソ連戦車の後追いになっていたことも理由の一つだろう。ソ連及び共産主義勢力は1970年代までT-55を第一線の戦車として生産・配備できたのだ。

T-55は東ヨーロッパ各国でライセンス生産もされ、中国ではコピー戦車として59式戦車が生産された。これもかなりの数が生産された。

 

 

歴史

T-55はT-34から発達した戦車と言える。T-34の後継車でとT-55の直接の祖であるT-44はT-34の砲塔とT-55の車体を合わせたような姿をしている。


T-34

T-34


T-44

T-34の砲塔とT-55の車体を合わせたようなT-44

しかし、その画期的な点は、ソ連がドイツの重戦車と戦う中で開発した一連の重戦車群、KV-1,KV-2,ISシリーズと続く戦車を統合する形でT-55を生み出したことだ。

重戦車 IS-2
重戦車 IS-2

T-55以前は、重装甲で重い戦車を倒すには重戦車が必要と考えられてきた。特に、ドイツのタイガー重戦車と対したソ連にとって、重戦車は切実に必要な戦車と思われてきた。

しかし、ソ連が大戦後のヨーロッパでの戦争を考察した時に、重戦車が活躍する場面は小さいと思われた。IS-3やのちのT-10のような完成された重戦車を手に入れてもなお、ソ連の戦車開発首脳部はそれを断念した。

米軍の圧倒的な軍事力を前に、ヨーロッパでの戦争に勝ち抜くには、機甲戦力による電撃的な侵攻が必要であり、重戦車のように機動力を犠牲にして成り立つような機甲戦力は無いと結論付けた。

これは今日のMTBの考え方であり、その始祖と言ってよい。事実、T-55の登場によって西側各国の重戦車は滅びたと言ってよい。戦車用に完成されたD-10Tシリーズ100mmライフル砲は西側標準であった90mm戦車砲の破壊力を凌駕し、各種大口径砲よりも扱いやすく、重戦車を前にしても撃破する性能を持っていた(HEAT弾)。

そもそも相手戦車を撃破する能力なくして戦車としては成り立たないという考えが、攻撃力が低くて機動性が高いという中戦車の概念を覆した。どんな戦車も、相手戦車を破壊できる性能が必要と考えれば、重戦車すら撃破可能な戦車砲を搭載するしかなく、そのような戦車があれば重戦車の必要性はなくなる。

この合理的な、いかにもスラブ的、マルクス主義的な思考が、主力戦車T-55を生み出したのだ。

これに対抗して西側諸国はロイヤルオードナンス製L7 105mmを装備した戦車を開発し、第二世代の戦車として配備する。戦車史上、戦後第二世代の戦車はT-55に対抗して生み出された105mm砲装備の一連の戦車群と言えるだろう。

 

戦歴

T-55の実戦数は限りがない。

ソ連による東ヨーロッパへの介入の際にも使用され、ソ連陸軍の象徴的な存在であった。

ハンガリー動乱でのT-55
ハンガリー動乱でのT-55

中東戦争

数次の中東戦争では本格的な戦車戦にも投入され、イスラエル側のセンチュリオンやシャーマン、パットン戦車

と幾多の戦闘を行った。

第三次中東戦争 ゴラン高原でのT-55
第三次中東戦争 ゴラン高原でのT-55

T-55はソ連が支援していたアラブ側、シリア、エジプト、イラク軍などが使用し、戦闘で多数の鹵獲車両を手に入れたイスラエル側も修理・改良の上使用した。

中東戦争での戦車戦は、事実上、第二次大戦後、最も激しい戦車戦で、戦車同士が大規模に交戦した。

中東戦争では大規模な機甲化された陸軍が国境そばに配備され、数時間の侵攻で相手の枢要部に進出できるため、機甲戦力は極めて重要だった。双方とも機甲戦力を決戦戦力と考えていて、戦車戦力を強化していた。しかも、シリア国境は死海やヨルダン川、エジプト国境はスエズ運河などの自然要害のために戦力が集中し、接近した激しい戦車戦になった。

第4次中東戦争のゴラン高原では1400両以上のシリア軍戦車が投入され突破を図ったが、イスラエル軍のセンチュリオン戦車など180両の奮戦で食い止めた、同シナイ半島は初期のエジプト軍の攻勢でイスラエル軍は3日間で400両以上の戦車を失い、前線は突破された。

初期の3度の中東戦争ではアラブ側はT-55を主力とし、対してイスラエルは混成軍で、最も強力だったのはセンチュリオン戦車だった。

この戦争では、イスラエル側の練度の高さも相まって、ほぼイスラエル側の勝利と言って良い。しかし、戦車の能力では、旧時代のシャーマン戦車などでは、いくら改良してもT-55に及ばず、AMX-13などの軽戦車も戦場では役に立たないことが分かった。逆にT-55に対抗して105mm砲を装備したセンチュリオンやM60はT-55を凌駕し、T-62にも十分に対抗できることが分かった。

この戦闘によって、対戦車ミサイルなどの脅威に対する防御力が必須であると認識され、後の複合装甲化された第三世代戦車群へつながる。ここでもT-55の存在は、戦車の弱点改良のキーポイントになっている。

 

中東戦争後も、多量の生産数を誇るT-55は各地で使用された。

ベトナム戦争後の中越戦争では、ベトナム側がT-55を使用し、中国側が改良型の59式戦車を使用した。

 

湾岸戦争は、数の上では第二次大戦以後最大の戦車戦となったが、夜間戦闘力と情報戦に勝る米英両軍がイラク軍を圧倒し、T-55はおろかT-72でさえ一方的に撃破された。

第三世代MBTの防御力と情報戦能力が実証され、もはや旧世代の戦車では戦車戦は戦えないことが明白になった。

 

ソビエトと東欧各国がT-72系列へと移行したのちは、余剰のT-55が世界に流出したために、逆に、戦車同士の戦闘が発生しないような紛争では多用されるようになった。

情報戦能力など持たず、簡素で、市場に多量の予備品が出回っているT-55の方が運用しやすく、内戦や小規模な紛争では、相手も高度な対戦車兵器を持たないために有効な機甲戦力として活躍している。このことは、戦車を倒すためには高度な兵器とそれを十分に運用できる訓練が必要で、それは組織化されていない武装集団には難しいということを示している。

 

特徴・構成

第二次大戦後の戦車開発史を決定づけるような戦車でありながら、全く人気の無い戦車で、形も不恰好、箱にお椀を乗せただけの積み木のような戦車であるからしょうがない。

しかも、冷戦後の紛争で登場するたび片っ端からやられ、弱戦車の代表格になってしまった。

でも、この戦車が核戦争下で運用することを前提に設計されたことを忘れてはいけない。放射能にまみれた戦場でお椀型砲塔の背の低い戦車がたくさん現れるところを想像してみると、案外お似合いだ。

T-55はT-34から重戦車の系列の要素を加えつつ発展し、主砲に100mm砲という、当時もっとも強力な戦車砲を搭載したことでその地位を確立した。主砲自体の威力は第二世代戦車を破壊するのに十分であった。

 

後に防御力に弱点があることが実証されたが、HEAT弾の貫徹力を前に、設計段階で防御を犠牲にした戦車大半だった第二世代戦車の中で見ると、特別に防御力が弱かったとは言えない。中東戦争では、防御力の特に優秀な米英の戦車を相手にしており、公平な比較ではない。センチュリオンやパットンが105mm砲を装備したのはT-55に対抗するためだった。

 

サスペンションにはトーションバーを用い、より低平な戦車になっている。大規模な機甲侵攻作戦には機動力が不可欠なために、不整地走行能力と潜水渡河能力が必要で、それを備えている。アフガンなどで運用されていることから、不整地の走行能力に問題はないと思われる。

 

エンジンもT-34から発展したV2-55 12気筒液冷ディーゼルで高い信頼性を誇る。

後に述べる車内容積の狭さから、燃料搭載量が少なく、航続距離が短い。ソ連からの機甲戦力による侵攻を考えるなら、あと200km程度の航続は必要で、後部外側に取り付けるドラム缶によって対応している。

旧東ドイツの国境からドイツの主要都市は100km~200kmの圏内にあった。東ドイツ北部のシュウェーリンから西ドイツのハンブルクなら110km程度。不整地を戦闘走行するために燃料は2.5倍程度消費する。加えて核攻撃が予測されるために前線攻撃発起点から後方へ50km程度は退避しておく必要があるから。

110×2.5+50=325km ハンブルクなら予備燃料なしで到達。

西ベルリンの部隊を攻撃後、ハンブルク方面に向かうなら280km程度なので、

280×2.5+50=750km 予備燃料があってもギリギリか。

ドイツ ベルリンからハンブルクへの距離は300キロ弱
ドイツ ベルリンからハンブルクへの距離は300キロ弱

車内容積の狭さは問題だ、防御力の弱さも、一因はこれにあり、弾薬配置などに支障があり、装填作業にも影響がある。

お椀型の鋳造砲塔を載せると、弾薬はほとんど砲塔下に置かねばならず、装填作業は困難だ。また、車体中央に開け放たれた状態で砲弾が集中しているので、被弾時に誘爆を起こし、常に致命的な被害を受けている。

T-62以後、ソ連は自動装てん装置の開発に力を入れるのも、この時の苦い経験が影響していると思われる。

自分たちの得意な鋳造装甲のお椀型砲塔を取り入れ、かつ優秀な性能を維持するにはその欠点改良が必要だった。

T-90になっても基本的な形状を変えないところを見ると、この問題は解決されつつあるようだ。

 

この世代の戦車なので、夜間戦闘能力やベトロニクス(死語?)にはあまり触れない。赤外線灯光装置によって500m程度での夜間戦闘能力があったが、ゴラン高原での戦闘ではそれが発揮できていない。FCSが貧弱で、測距などできないレベルなので遠戦能力は低い。

 

 

T-55 vs M-48パットン

同時代の好敵手といえばM48パットンだろう。

M48パットン
M48パットン
T-55 M-48
重量 36t 52t
速度 50km/h 48km/h
航続距離 460km 463km
主砲 56口径 100mm D-10T2 43口径 90mm M41
装甲(車体正面) 100mm 120mm

 

M60以降の105mm砲装備型はかなり後半になり生産時期で言えば、A3型までを比較するのが相当であろう。

エンジンは双方ディーゼルエンジンで、航続距離などに差はない。

違いを見れば、重量と火力である。

ここから一見して、T-55が火力で優れ、M-48が防御力や居住性で優れていると分かる。

しかし、M-48の防御力はT-55に抗するのに十分な防御力であろうか?否である。防御は火力とのバランスで成り立つ。相手が貫徹力180mmを誇る100mm砲の場合、M-48の防御力は十分でない。仮に1対1

で向き合った場合、双方とも貫通されるからだ。

後年、パントン戦車は105mm砲を搭載し、T-55の火力を凌駕するが、T-55は100mm以上の戦車砲を搭載することは叶わなかった。唯一、イスラエル軍が105mm
L7戦車砲を搭載したが、ソ連ではすぐに、滑腔砲を搭載したT-62へと移行していく。

 

西側戦車は、T-55の登場を契機に主砲の105mm化を進めるが、その時期(1970年代)まではT-55の火力に劣る90mm砲や20ポンド砲を主装備にしていた。つまりT-55は当時最強の火力を持った戦車であった。

西側戦車はL7 105mm砲によって105mm化するが、もし、このコンパクトで強力なL7砲の開発が遅れていたなら、もっと長くソ連戦車の優勢は続いていただろう。

(センチュリオン TOP10、8位の優秀さはその主砲の優秀さゆえ)

 

発展

T-54/T-55はソ連において大きな改良はなかったが、多数が生産され、今も運用されていることから、ソ連で第一線から退いた後に改良が行われた。

改良点は弱点の防御力とFCSで追加装甲とレーザー測遠器の装備が多い。

イラク軍のT-55エニグマ
イラク軍のT-55エニグマ

中東戦争で多数を鹵獲し、その後自軍装備に加えたイスラエル軍はL7 105mm砲装備のチランや、

イスラエル軍 T-55の改良型Tiran戦車
イスラエル軍 T-55の改良型Tiran戦車

砲塔を取り除き、重装甲の歩兵戦闘車として改良したアチザリットは別格の改造型

イスラエル軍アチザリット戦闘兵車
イスラエル軍アチザリット戦闘兵車

この装甲車は、戦車としては防御の貧弱なT-55でも、他の装甲車に比べると強力な装甲を持っていることを改めて示している。戦車の装甲防御は、戦場では無類の強さを発揮するのだ。

 

まとめ

同時代戦車と比較しての火力の優秀さ、完成された機動装置、一程度の走行防御、生産性、実戦での活躍、そして何よりも、中戦車・重戦車といった区分をなくし、一つの主力戦車で火力・防御力・機動力のバランスのとれた戦車が可能であることを実証した戦車として、歴史に残る名戦車と言える。

 

 

戦車TOP10 第2位 パンター戦車

第二次大戦のドイツ戦車パンターです。

Panzerkampfwagen V Panther 制式番号:Sd.Kfz.171

パンター戦車
パンター戦車
パンターG型後期型
性能諸元
全長 8.66 m
車体長 6.87 m
全幅 3.27 m
全高 2.85 m
重量 44.8 t
懸架方式 ダブルトーションバー方式
速度 46 – 55 km/h(整地) 27 – 33 km/h(不整地
行動距離 170 – 250 km
主砲 70口径75 mm Kw.K.42 L/70(79発)
副武装 7.92 mm MG34機関銃×2(4,200発)
装甲 砲塔前面110 mm 傾斜11° 側・後面45mm 傾斜25° 車体前面80mm 傾斜55° 側面40mm 傾斜40° 後面40mm 傾斜30°
エンジン Maybach HL230P30 水冷4ストロークV型12気筒ガソリン 700 hp (520 kW)
乗員 5 名

 

タイガー戦車と並んで有名なドイツの最優秀戦車。

Ⅰ号戦車から続く第二次大戦中に開発されたドイツの主力中戦車。

Ⅴ号戦車(Panzerkampfwagen V)と呼ぶが実際はⅥ号戦車のタイガー戦車よりあとに制式化されている。

 

戦車は第一次大戦で生まれ、第二次大戦で大きく発展した。塹壕戦という形態を一気に陳腐化させ、装甲化した機械化部隊による機動戦略が作戦の基本となった。まさに陸戦の王者になったと言ってよいだろう。

この機甲戦略を最初に実戦に用いたドイツで、その提唱者だったハインツ・グデーリアンは必要な戦車の性能を思い描いていたが、それを初めて具現化したドイツ戦車がパンターだ。

 

パンターはソ連のT-34を研究した結果を設計に反映させている為、傾斜装甲や東部前線の不整地を走行できる機動性を備えている。

開発にはMAN社とダイムラー・ベンツ社が競争設計に参加し、ベンツ社の設計はT-34に形状が似ている。

パンターの試作案
ベンツ社の設計はT34に酷似している

このことからT-34がいかに大きな影響を与えたか分かる。戦車史へ与えた影響を評価するならT-34がトップになることは間違いない。しかし、ここでの順位は影響でなく、実戦での性能を評価するのでT-34はパンターに劣る。これは、単に後から開発されたからパンターが優秀という以上に、革新的な技術力を導入し、利用できる資材、戦略を考慮して、最も戦場に必要な性能を備えた戦車を送り込めたということが重要なのだ。

 

 

T-34とどちらが優秀か

T34/85
T34/85

では、T-34よりパンターは優れているだろうか?

勿論である。しかしながら、これほど無意味な考察はない。両者とも当時与えられた任務に最適で他を寄せ付けない性能を発揮して戦いに貢献したからだ。

それでも、無理やりにでも優劣をつけようとするなら、、

 

T-34は当然85mm砲装備型を相手に検討する。

パンターとT-34が合いまみえた場合を考えればすぐに結論は出る。T-34ではパンターは倒せないであろう。装甲も火力もパンターが勝り、より遠距離で有効な攻撃を加えることが出来る。重量はパンターの方が重いが、それに十分な機動力を与える機関を有し、優秀なトーションバー・サスペンションによって不整地でもT-34に勝る機動性を誇る。

 

世間にある大きな誤解の中に、ドイツ戦車は火力装甲に優れるが鈍重というのがあるが、あれだけの重量を駆動できるエンジンとトランスミッションを開発できたのがドイツだけであったとこを忘れてはならない。資源が乏しく生産力に劣るドイツが、米国やソ連の戦車と対するのに、相手が持っていない技術を使わないということがありえるだろうか?兵器は常に戦う相手を考えて設計される。それなら、相手にない能力を加えより有利に戦闘できるようにするのが当然だ。

たとえ最高速で劣っても、レースで戦う訳ではないのでそれは関係ない。逆に不整地でスタックせず機動的な作戦を実行できるかがカギになる。パンターはその能力を備えていると言えるだろう。

 

結果的にドイツは戦争に負けるので、それによって戦車への評価が変わるのはありえることだ。しかし、現在に至るまでの戦車戦を研究してみれば分かるように、火力で相手に優れ、より遠距離から相手を撃破出来る性能というのは、戦闘において圧倒的な優位を発揮する。

また、重厚な装甲によって乗員を守ることは、資源の少ない国ほど重要なのである。たとえ敵の攻撃を受けても弾が貫通しないという安心感は戦場での行動に直結している。

 

T-34のシンプルさは良く評価される点であるが、簡素さは実際の戦車戦闘に置いては意味をなさない。それよりもT-34が登場時点において世界のどの戦車おも凌駕する装甲防御を持っていたことと高性能のディーゼルエンジンを備えていたことを最も評価すべきである。さらに、75mm砲装備で登場して後、パンター、ティーガーの出現を受けて85mm砲にすぐに換装できたのも素晴らしい。ソ連がT-34以降の新戦車を戦争中に投入しなかったのも、この戦車で大戦を勝ち抜くことが出来ると判断したのが大きな要因だろう。もし、ソ連がIS-3で完成させた対ドイツ戦車シリーズを早期に開発し戦争に投入していればそれがパンターを凌駕したかもしれない。

 

戦闘性能においてパンターはT-34を凌駕し、運用においても一定数の稼働が実現し、数千両の生産も行っていることから、総合的にパンターはT-34より優れた戦車であると言える。

 

火力

長口径の75mm砲、T-34やシャーマン戦車を1000m以上の距離から撃破出来る。より強力なスターリン重戦車であっても近距離なら正面から撃破可能。近づきさえすればどんな方向からでも撃破できるなら、戦闘はより柔軟に進められる。そういう意味で最適の主砲。

生産の簡略化において88mm砲に統一できなかった点が難点。

 

機動力

良く酷評されるドイツ戦車の機動性であるが、実戦において特別敵に劣るというデータはないのだ。戦争後期のドイツでは、常時、補給の問題があったので燃料や補給部品が欠乏するゆえ走行できなかったり故障したりすることが多くなったが、それはロジスティックの問題で、それをパンターの設計の責任にするのは強引だろう。

米国はシャーマン戦車を大量に生産し勝利に貢献させたが、大きく4種類の量産型があり、決して完成された設計ではなかった。あれだけの数がそろい、圧倒的な航空優勢があったにも関わらず、ドイツ装甲部隊に遭遇するとそれなりの損害を受け部隊は進めなくなった。連合国の兵士はドイツ戦車を恐れた。

ここからもドイツ戦車、パンターが優秀であったことが類推できる。

パンターの交差転輪
パンターの交差転輪

トーションバー・サスペンションは現代でも用いられる優秀なサスペンションの構造で、これほど戦車に適したシステムはなかった。車内容積を節約し、ほぼ理想的なばね特性を持つ。本来堅牢で大重量を支えるのに適している。60トンを超えるようになったレオパルドやM1でも用いられていることがそれを証明している。

地雷の被害を受けやすいというのは言い過ぎ、故障の際に交換に手間がかかる点はマイナス評価になる。

イスラエルのメルカバ戦車がコイルスプリングを採用しているのはこの交換の手間を嫌ったからだ。機動性を発揮して本来被害を受けないように高性能のシステムを使うか、それとも、被害を受けることを前提で修理や交換の手間を少なくするか、これに一方的な結論を出すことは難しい。

ドイツでは戦車用の高出力のディーゼルエンジンを実用化できなかった。この点はT-34に劣る部分でパンターの欠点である。

しかしながら、総じて、パンターの機動力は大戦中最高レベルであった。

 

防御力

パンターの各部の装甲厚
パンターの各部の装甲厚

装甲防御や各種防御装備は高性能で大戦中の重戦車を相手にしても十分なレベルであった。正面装甲に比べ側面装甲が薄く、機関部付近の防御が万全とは言えないが、同世代の戦車の中では優秀だった。

 

シリーズの発展

初期のA型やD型を見れば各種欠陥が見られ、信頼性は戦闘においても問題になるほどであった。実際、クルスク戦において戦場での故障車が続出したことは大問題である。ここではロジスティックの影響を受ける部分は評価に加えないが、実際の戦場で戦闘中に故障が続発するならそれは実戦闘力の欠如と見て良い。

しかし、パンターはG型において完成形となり以降ドイツの主力戦車として活躍する。戦争末期にはロジスティックの面で稼働率は極端に低下するが、それは戦車の戦闘性能評価には関係なかろう。

 

ティーガーⅡとの比較

ティーガー2 SdKfz182 Panzerkampfwagen VI
ティーガー2 SdKfz182 Panzerkampfwagen VI

正面からの戦闘性能において同じドイツのティーガーIIは傑出している。あれを量産し戦場に部隊として投入できたのはドイツの戦車技術がどれほど高度であったかを証明している。

しかしながら、パンターのとの比較においては、無駄に火力と防御を強化して機動力が低下し、それによって実戦での総合的な戦闘能力ではパンターと差異がないのだ。攻勢的な作戦で機動的に動くのに難があった。20トン以上の重量増加に関わらずエンジンやサスペンションがパンターと同等であるという点からも、ティーガーⅡが重戦車ないしは駆逐戦車的な位置づけであったことが分かる。東部前線でT-34の集団相手にいくらティーガーⅡが強くても相手を補足することが出来なかったであろう。ティーガーⅡの機動力不足は致命的と言える。

 

以上のように、

戦車として火力と装甲防御の絶対的な必要性を満足しつつ、十分な機動性を与え、高度な完成度でまとめ上げられたパンターは第二次大戦において最高の戦車であり、後世の戦車の発展を考えるなら、未来を先取りした戦車といえる。それらを評価し、戦車史上第2位とする。