戦車TOP10 4位 ソビエトT-55


旧ソビエト軍T-55。

T-55
T-55
性能諸元
全長 9.2m
車体長 6.45m
全幅 3.27m
全高 2.35 m
重量 36 t
懸架方式 トーションバー方式
速度 50km/h(整地) 35 km/h(不整地)
行動距離 約460km
主砲 56口径100 mmライフル砲 D-10T2S
副武装 12.7 mm機関銃 DShKM
7.62mm機関銃 SGMT
装甲 防盾 210 mm
砲塔側面 110 mm
後面 60 mm
砲塔上面 30 mm
車体前面上・下部 100 mm
車体側面上部 80 mm
車体側面下部 20 mm
車体上面 33 mm

底面 20 mm
エンジン V2-55 12気筒液冷ディーゼル
580 馬力
乗員 4名

 

戦車大国ソビエトの最多の生産数、すなわち歴史上もっとも多く造られた戦車である。

第二次大戦後の冷戦期を特徴づける戦車で、冷戦期の戦車開発競争の基準となった戦車である。1つのタイプの戦車で、これほど実戦で活躍した戦車は他にない。第二次大戦後直後に開発されて以来(制式化1954年)、現在も使用されている。

 

戦車の生産数
T-55 ソビエト 100,000両
T-34 ソビエト 64,000両(T-34/85含む)
M-4 アメリカ合衆国 50,000両
T-72 ソビエト 25,000両
T-62 ソビエト 20,000両
M-60パットン アメリカ合衆国 15,000両
M-48パットン アメリカ合衆国 12,000両
T-26 ソビエト 11,000両
M-1 エイブラムス アメリカ合衆国 10,000両

 

こうして見ると、ソ連がいかに多量の戦車を生産していたか分かる。ヨーロッパと陸続きであることを最大限利用するなら、機甲戦が必須であることを痛感していたのであろう。

戦中のT-34の生産では、戦時下で一時的に国土の主要部を独軍に占領されていたわりに多数の戦車を生産できたことは特筆に値する。途中で85mm砲に換装しても生産数が落ちなかった。巨大な経済力を持ったアメリカ合衆国でさえM4を5万両しか生産できなかったことを考えると、この生産数は驚異だ。

しかし、それを倍ほども上回るT-55シリーズの生産量は空前絶後、前人未到の数と言ってよい。

これが出来たのは、ソ連が機甲戦力によるヨーロッパ侵攻を戦略の基本にしていたこと、東ヨーロッパの支配によってソ連の経済力が高まったこと、戦車をMBT(T-55)に集約したこと、が相まってなしえたことだ。

T-34から続く生産性の高い設計や信頼性の高いエンジン、クリスティー式懸架装置にかえてトーションバー方式にしたことはT-55の生産性を高めた。

また、最大の敵対国のアメリカ合衆国がM4シャーマン戦車以降、十分な性能の主力戦車を設計できず、常にソ連戦車の後追いになっていたことも理由の一つだろう。ソ連及び共産主義勢力は1970年代までT-55を第一線の戦車として生産・配備できたのだ。

T-55は東ヨーロッパ各国でライセンス生産もされ、中国ではコピー戦車として59式戦車が生産された。これもかなりの数が生産された。

 

 

歴史

T-55はT-34から発達した戦車と言える。T-34の後継車でとT-55の直接の祖であるT-44はT-34の砲塔とT-55の車体を合わせたような姿をしている。


T-34

T-34


T-44

T-34の砲塔とT-55の車体を合わせたようなT-44

しかし、その画期的な点は、ソ連がドイツの重戦車と戦う中で開発した一連の重戦車群、KV-1,KV-2,ISシリーズと続く戦車を統合する形でT-55を生み出したことだ。

重戦車 IS-2
重戦車 IS-2

T-55以前は、重装甲で重い戦車を倒すには重戦車が必要と考えられてきた。特に、ドイツのタイガー重戦車と対したソ連にとって、重戦車は切実に必要な戦車と思われてきた。

しかし、ソ連が大戦後のヨーロッパでの戦争を考察した時に、重戦車が活躍する場面は小さいと思われた。IS-3やのちのT-10のような完成された重戦車を手に入れてもなお、ソ連の戦車開発首脳部はそれを断念した。

米軍の圧倒的な軍事力を前に、ヨーロッパでの戦争に勝ち抜くには、機甲戦力による電撃的な侵攻が必要であり、重戦車のように機動力を犠牲にして成り立つような機甲戦力は無いと結論付けた。

これは今日のMTBの考え方であり、その始祖と言ってよい。事実、T-55の登場によって西側各国の重戦車は滅びたと言ってよい。戦車用に完成されたD-10Tシリーズ100mmライフル砲は西側標準であった90mm戦車砲の破壊力を凌駕し、各種大口径砲よりも扱いやすく、重戦車を前にしても撃破する性能を持っていた(HEAT弾)。

そもそも相手戦車を撃破する能力なくして戦車としては成り立たないという考えが、攻撃力が低くて機動性が高いという中戦車の概念を覆した。どんな戦車も、相手戦車を破壊できる性能が必要と考えれば、重戦車すら撃破可能な戦車砲を搭載するしかなく、そのような戦車があれば重戦車の必要性はなくなる。

この合理的な、いかにもスラブ的、マルクス主義的な思考が、主力戦車T-55を生み出したのだ。

これに対抗して西側諸国はロイヤルオードナンス製L7 105mmを装備した戦車を開発し、第二世代の戦車として配備する。戦車史上、戦後第二世代の戦車はT-55に対抗して生み出された105mm砲装備の一連の戦車群と言えるだろう。

 

戦歴

T-55の実戦数は限りがない。

ソ連による東ヨーロッパへの介入の際にも使用され、ソ連陸軍の象徴的な存在であった。

ハンガリー動乱でのT-55
ハンガリー動乱でのT-55

中東戦争

数次の中東戦争では本格的な戦車戦にも投入され、イスラエル側のセンチュリオンやシャーマン、パットン戦車

と幾多の戦闘を行った。

第三次中東戦争 ゴラン高原でのT-55
第三次中東戦争 ゴラン高原でのT-55

T-55はソ連が支援していたアラブ側、シリア、エジプト、イラク軍などが使用し、戦闘で多数の鹵獲車両を手に入れたイスラエル側も修理・改良の上使用した。

中東戦争での戦車戦は、事実上、第二次大戦後、最も激しい戦車戦で、戦車同士が大規模に交戦した。

中東戦争では大規模な機甲化された陸軍が国境そばに配備され、数時間の侵攻で相手の枢要部に進出できるため、機甲戦力は極めて重要だった。双方とも機甲戦力を決戦戦力と考えていて、戦車戦力を強化していた。しかも、シリア国境は死海やヨルダン川、エジプト国境はスエズ運河などの自然要害のために戦力が集中し、接近した激しい戦車戦になった。

第4次中東戦争のゴラン高原では1400両以上のシリア軍戦車が投入され突破を図ったが、イスラエル軍のセンチュリオン戦車など180両の奮戦で食い止めた、同シナイ半島は初期のエジプト軍の攻勢でイスラエル軍は3日間で400両以上の戦車を失い、前線は突破された。

初期の3度の中東戦争ではアラブ側はT-55を主力とし、対してイスラエルは混成軍で、最も強力だったのはセンチュリオン戦車だった。

この戦争では、イスラエル側の練度の高さも相まって、ほぼイスラエル側の勝利と言って良い。しかし、戦車の能力では、旧時代のシャーマン戦車などでは、いくら改良してもT-55に及ばず、AMX-13などの軽戦車も戦場では役に立たないことが分かった。逆にT-55に対抗して105mm砲を装備したセンチュリオンやM60はT-55を凌駕し、T-62にも十分に対抗できることが分かった。

この戦闘によって、対戦車ミサイルなどの脅威に対する防御力が必須であると認識され、後の複合装甲化された第三世代戦車群へつながる。ここでもT-55の存在は、戦車の弱点改良のキーポイントになっている。

 

中東戦争後も、多量の生産数を誇るT-55は各地で使用された。

ベトナム戦争後の中越戦争では、ベトナム側がT-55を使用し、中国側が改良型の59式戦車を使用した。

 

湾岸戦争は、数の上では第二次大戦以後最大の戦車戦となったが、夜間戦闘力と情報戦に勝る米英両軍がイラク軍を圧倒し、T-55はおろかT-72でさえ一方的に撃破された。

第三世代MBTの防御力と情報戦能力が実証され、もはや旧世代の戦車では戦車戦は戦えないことが明白になった。

 

ソビエトと東欧各国がT-72系列へと移行したのちは、余剰のT-55が世界に流出したために、逆に、戦車同士の戦闘が発生しないような紛争では多用されるようになった。

情報戦能力など持たず、簡素で、市場に多量の予備品が出回っているT-55の方が運用しやすく、内戦や小規模な紛争では、相手も高度な対戦車兵器を持たないために有効な機甲戦力として活躍している。このことは、戦車を倒すためには高度な兵器とそれを十分に運用できる訓練が必要で、それは組織化されていない武装集団には難しいということを示している。

 

特徴・構成

第二次大戦後の戦車開発史を決定づけるような戦車でありながら、全く人気の無い戦車で、形も不恰好、箱にお椀を乗せただけの積み木のような戦車であるからしょうがない。

しかも、冷戦後の紛争で登場するたび片っ端からやられ、弱戦車の代表格になってしまった。

でも、この戦車が核戦争下で運用することを前提に設計されたことを忘れてはいけない。放射能にまみれた戦場でお椀型砲塔の背の低い戦車がたくさん現れるところを想像してみると、案外お似合いだ。

T-55はT-34から重戦車の系列の要素を加えつつ発展し、主砲に100mm砲という、当時もっとも強力な戦車砲を搭載したことでその地位を確立した。主砲自体の威力は第二世代戦車を破壊するのに十分であった。

 

後に防御力に弱点があることが実証されたが、HEAT弾の貫徹力を前に、設計段階で防御を犠牲にした戦車大半だった第二世代戦車の中で見ると、特別に防御力が弱かったとは言えない。中東戦争では、防御力の特に優秀な米英の戦車を相手にしており、公平な比較ではない。センチュリオンやパットンが105mm砲を装備したのはT-55に対抗するためだった。

 

サスペンションにはトーションバーを用い、より低平な戦車になっている。大規模な機甲侵攻作戦には機動力が不可欠なために、不整地走行能力と潜水渡河能力が必要で、それを備えている。アフガンなどで運用されていることから、不整地の走行能力に問題はないと思われる。

 

エンジンもT-34から発展したV2-55 12気筒液冷ディーゼルで高い信頼性を誇る。

後に述べる車内容積の狭さから、燃料搭載量が少なく、航続距離が短い。ソ連からの機甲戦力による侵攻を考えるなら、あと200km程度の航続は必要で、後部外側に取り付けるドラム缶によって対応している。

旧東ドイツの国境からドイツの主要都市は100km~200kmの圏内にあった。東ドイツ北部のシュウェーリンから西ドイツのハンブルクなら110km程度。不整地を戦闘走行するために燃料は2.5倍程度消費する。加えて核攻撃が予測されるために前線攻撃発起点から後方へ50km程度は退避しておく必要があるから。

110×2.5+50=325km ハンブルクなら予備燃料なしで到達。

西ベルリンの部隊を攻撃後、ハンブルク方面に向かうなら280km程度なので、

280×2.5+50=750km 予備燃料があってもギリギリか。

ドイツ ベルリンからハンブルクへの距離は300キロ弱
ドイツ ベルリンからハンブルクへの距離は300キロ弱

車内容積の狭さは問題だ、防御力の弱さも、一因はこれにあり、弾薬配置などに支障があり、装填作業にも影響がある。

お椀型の鋳造砲塔を載せると、弾薬はほとんど砲塔下に置かねばならず、装填作業は困難だ。また、車体中央に開け放たれた状態で砲弾が集中しているので、被弾時に誘爆を起こし、常に致命的な被害を受けている。

T-62以後、ソ連は自動装てん装置の開発に力を入れるのも、この時の苦い経験が影響していると思われる。

自分たちの得意な鋳造装甲のお椀型砲塔を取り入れ、かつ優秀な性能を維持するにはその欠点改良が必要だった。

T-90になっても基本的な形状を変えないところを見ると、この問題は解決されつつあるようだ。

 

この世代の戦車なので、夜間戦闘能力やベトロニクス(死語?)にはあまり触れない。赤外線灯光装置によって500m程度での夜間戦闘能力があったが、ゴラン高原での戦闘ではそれが発揮できていない。FCSが貧弱で、測距などできないレベルなので遠戦能力は低い。

 

 

T-55 vs M-48パットン

同時代の好敵手といえばM48パットンだろう。

M48パットン
M48パットン
T-55 M-48
重量 36t 52t
速度 50km/h 48km/h
航続距離 460km 463km
主砲 56口径 100mm D-10T2 43口径 90mm M41
装甲(車体正面) 100mm 120mm

 

M60以降の105mm砲装備型はかなり後半になり生産時期で言えば、A3型までを比較するのが相当であろう。

エンジンは双方ディーゼルエンジンで、航続距離などに差はない。

違いを見れば、重量と火力である。

ここから一見して、T-55が火力で優れ、M-48が防御力や居住性で優れていると分かる。

しかし、M-48の防御力はT-55に抗するのに十分な防御力であろうか?否である。防御は火力とのバランスで成り立つ。相手が貫徹力180mmを誇る100mm砲の場合、M-48の防御力は十分でない。仮に1対1

で向き合った場合、双方とも貫通されるからだ。

後年、パントン戦車は105mm砲を搭載し、T-55の火力を凌駕するが、T-55は100mm以上の戦車砲を搭載することは叶わなかった。唯一、イスラエル軍が105mm
L7戦車砲を搭載したが、ソ連ではすぐに、滑腔砲を搭載したT-62へと移行していく。

 

西側戦車は、T-55の登場を契機に主砲の105mm化を進めるが、その時期(1970年代)まではT-55の火力に劣る90mm砲や20ポンド砲を主装備にしていた。つまりT-55は当時最強の火力を持った戦車であった。

西側戦車はL7 105mm砲によって105mm化するが、もし、このコンパクトで強力なL7砲の開発が遅れていたなら、もっと長くソ連戦車の優勢は続いていただろう。

(センチュリオン TOP10、8位の優秀さはその主砲の優秀さゆえ)

 

発展

T-54/T-55はソ連において大きな改良はなかったが、多数が生産され、今も運用されていることから、ソ連で第一線から退いた後に改良が行われた。

改良点は弱点の防御力とFCSで追加装甲とレーザー測遠器の装備が多い。

イラク軍のT-55エニグマ
イラク軍のT-55エニグマ

中東戦争で多数を鹵獲し、その後自軍装備に加えたイスラエル軍はL7 105mm砲装備のチランや、

イスラエル軍 T-55の改良型Tiran戦車
イスラエル軍 T-55の改良型Tiran戦車

砲塔を取り除き、重装甲の歩兵戦闘車として改良したアチザリットは別格の改造型

イスラエル軍アチザリット戦闘兵車
イスラエル軍アチザリット戦闘兵車

この装甲車は、戦車としては防御の貧弱なT-55でも、他の装甲車に比べると強力な装甲を持っていることを改めて示している。戦車の装甲防御は、戦場では無類の強さを発揮するのだ。

 

まとめ

同時代戦車と比較しての火力の優秀さ、完成された機動装置、一程度の走行防御、生産性、実戦での活躍、そして何よりも、中戦車・重戦車といった区分をなくし、一つの主力戦車で火力・防御力・機動力のバランスのとれた戦車が可能であることを実証した戦車として、歴史に残る名戦車と言える。

 

 

戦車TOP10 第2位 パンター戦車

第二次大戦のドイツ戦車パンターです。

Panzerkampfwagen V Panther 制式番号:Sd.Kfz.171

パンター戦車
パンター戦車
パンターG型後期型
性能諸元
全長 8.66 m
車体長 6.87 m
全幅 3.27 m
全高 2.85 m
重量 44.8 t
懸架方式 ダブルトーションバー方式
速度 46 – 55 km/h(整地) 27 – 33 km/h(不整地
行動距離 170 – 250 km
主砲 70口径75 mm Kw.K.42 L/70(79発)
副武装 7.92 mm MG34機関銃×2(4,200発)
装甲 砲塔前面110 mm 傾斜11° 側・後面45mm 傾斜25° 車体前面80mm 傾斜55° 側面40mm 傾斜40° 後面40mm 傾斜30°
エンジン Maybach HL230P30 水冷4ストロークV型12気筒ガソリン 700 hp (520 kW)
乗員 5 名

 

タイガー戦車と並んで有名なドイツの最優秀戦車。

Ⅰ号戦車から続く第二次大戦中に開発されたドイツの主力中戦車。

Ⅴ号戦車(Panzerkampfwagen V)と呼ぶが実際はⅥ号戦車のタイガー戦車よりあとに制式化されている。

 

戦車は第一次大戦で生まれ、第二次大戦で大きく発展した。塹壕戦という形態を一気に陳腐化させ、装甲化した機械化部隊による機動戦略が作戦の基本となった。まさに陸戦の王者になったと言ってよいだろう。

この機甲戦略を最初に実戦に用いたドイツで、その提唱者だったハインツ・グデーリアンは必要な戦車の性能を思い描いていたが、それを初めて具現化したドイツ戦車がパンターだ。

 

パンターはソ連のT-34を研究した結果を設計に反映させている為、傾斜装甲や東部前線の不整地を走行できる機動性を備えている。

開発にはMAN社とダイムラー・ベンツ社が競争設計に参加し、ベンツ社の設計はT-34に形状が似ている。

パンターの試作案
ベンツ社の設計はT34に酷似している

このことからT-34がいかに大きな影響を与えたか分かる。戦車史へ与えた影響を評価するならT-34がトップになることは間違いない。しかし、ここでの順位は影響でなく、実戦での性能を評価するのでT-34はパンターに劣る。これは、単に後から開発されたからパンターが優秀という以上に、革新的な技術力を導入し、利用できる資材、戦略を考慮して、最も戦場に必要な性能を備えた戦車を送り込めたということが重要なのだ。

 

 

T-34とどちらが優秀か

T34/85
T34/85

では、T-34よりパンターは優れているだろうか?

勿論である。しかしながら、これほど無意味な考察はない。両者とも当時与えられた任務に最適で他を寄せ付けない性能を発揮して戦いに貢献したからだ。

それでも、無理やりにでも優劣をつけようとするなら、、

 

T-34は当然85mm砲装備型を相手に検討する。

パンターとT-34が合いまみえた場合を考えればすぐに結論は出る。T-34ではパンターは倒せないであろう。装甲も火力もパンターが勝り、より遠距離で有効な攻撃を加えることが出来る。重量はパンターの方が重いが、それに十分な機動力を与える機関を有し、優秀なトーションバー・サスペンションによって不整地でもT-34に勝る機動性を誇る。

 

世間にある大きな誤解の中に、ドイツ戦車は火力装甲に優れるが鈍重というのがあるが、あれだけの重量を駆動できるエンジンとトランスミッションを開発できたのがドイツだけであったとこを忘れてはならない。資源が乏しく生産力に劣るドイツが、米国やソ連の戦車と対するのに、相手が持っていない技術を使わないということがありえるだろうか?兵器は常に戦う相手を考えて設計される。それなら、相手にない能力を加えより有利に戦闘できるようにするのが当然だ。

たとえ最高速で劣っても、レースで戦う訳ではないのでそれは関係ない。逆に不整地でスタックせず機動的な作戦を実行できるかがカギになる。パンターはその能力を備えていると言えるだろう。

 

結果的にドイツは戦争に負けるので、それによって戦車への評価が変わるのはありえることだ。しかし、現在に至るまでの戦車戦を研究してみれば分かるように、火力で相手に優れ、より遠距離から相手を撃破出来る性能というのは、戦闘において圧倒的な優位を発揮する。

また、重厚な装甲によって乗員を守ることは、資源の少ない国ほど重要なのである。たとえ敵の攻撃を受けても弾が貫通しないという安心感は戦場での行動に直結している。

 

T-34のシンプルさは良く評価される点であるが、簡素さは実際の戦車戦闘に置いては意味をなさない。それよりもT-34が登場時点において世界のどの戦車おも凌駕する装甲防御を持っていたことと高性能のディーゼルエンジンを備えていたことを最も評価すべきである。さらに、75mm砲装備で登場して後、パンター、ティーガーの出現を受けて85mm砲にすぐに換装できたのも素晴らしい。ソ連がT-34以降の新戦車を戦争中に投入しなかったのも、この戦車で大戦を勝ち抜くことが出来ると判断したのが大きな要因だろう。もし、ソ連がIS-3で完成させた対ドイツ戦車シリーズを早期に開発し戦争に投入していればそれがパンターを凌駕したかもしれない。

 

戦闘性能においてパンターはT-34を凌駕し、運用においても一定数の稼働が実現し、数千両の生産も行っていることから、総合的にパンターはT-34より優れた戦車であると言える。

 

火力

長口径の75mm砲、T-34やシャーマン戦車を1000m以上の距離から撃破出来る。より強力なスターリン重戦車であっても近距離なら正面から撃破可能。近づきさえすればどんな方向からでも撃破できるなら、戦闘はより柔軟に進められる。そういう意味で最適の主砲。

生産の簡略化において88mm砲に統一できなかった点が難点。

 

機動力

良く酷評されるドイツ戦車の機動性であるが、実戦において特別敵に劣るというデータはないのだ。戦争後期のドイツでは、常時、補給の問題があったので燃料や補給部品が欠乏するゆえ走行できなかったり故障したりすることが多くなったが、それはロジスティックの問題で、それをパンターの設計の責任にするのは強引だろう。

米国はシャーマン戦車を大量に生産し勝利に貢献させたが、大きく4種類の量産型があり、決して完成された設計ではなかった。あれだけの数がそろい、圧倒的な航空優勢があったにも関わらず、ドイツ装甲部隊に遭遇するとそれなりの損害を受け部隊は進めなくなった。連合国の兵士はドイツ戦車を恐れた。

ここからもドイツ戦車、パンターが優秀であったことが類推できる。

パンターの交差転輪
パンターの交差転輪

トーションバー・サスペンションは現代でも用いられる優秀なサスペンションの構造で、これほど戦車に適したシステムはなかった。車内容積を節約し、ほぼ理想的なばね特性を持つ。本来堅牢で大重量を支えるのに適している。60トンを超えるようになったレオパルドやM1でも用いられていることがそれを証明している。

地雷の被害を受けやすいというのは言い過ぎ、故障の際に交換に手間がかかる点はマイナス評価になる。

イスラエルのメルカバ戦車がコイルスプリングを採用しているのはこの交換の手間を嫌ったからだ。機動性を発揮して本来被害を受けないように高性能のシステムを使うか、それとも、被害を受けることを前提で修理や交換の手間を少なくするか、これに一方的な結論を出すことは難しい。

ドイツでは戦車用の高出力のディーゼルエンジンを実用化できなかった。この点はT-34に劣る部分でパンターの欠点である。

しかしながら、総じて、パンターの機動力は大戦中最高レベルであった。

 

防御力

パンターの各部の装甲厚
パンターの各部の装甲厚

装甲防御や各種防御装備は高性能で大戦中の重戦車を相手にしても十分なレベルであった。正面装甲に比べ側面装甲が薄く、機関部付近の防御が万全とは言えないが、同世代の戦車の中では優秀だった。

 

シリーズの発展

初期のA型やD型を見れば各種欠陥が見られ、信頼性は戦闘においても問題になるほどであった。実際、クルスク戦において戦場での故障車が続出したことは大問題である。ここではロジスティックの影響を受ける部分は評価に加えないが、実際の戦場で戦闘中に故障が続発するならそれは実戦闘力の欠如と見て良い。

しかし、パンターはG型において完成形となり以降ドイツの主力戦車として活躍する。戦争末期にはロジスティックの面で稼働率は極端に低下するが、それは戦車の戦闘性能評価には関係なかろう。

 

ティーガーⅡとの比較

ティーガー2 SdKfz182 Panzerkampfwagen VI
ティーガー2 SdKfz182 Panzerkampfwagen VI

正面からの戦闘性能において同じドイツのティーガーIIは傑出している。あれを量産し戦場に部隊として投入できたのはドイツの戦車技術がどれほど高度であったかを証明している。

しかしながら、パンターのとの比較においては、無駄に火力と防御を強化して機動力が低下し、それによって実戦での総合的な戦闘能力ではパンターと差異がないのだ。攻勢的な作戦で機動的に動くのに難があった。20トン以上の重量増加に関わらずエンジンやサスペンションがパンターと同等であるという点からも、ティーガーⅡが重戦車ないしは駆逐戦車的な位置づけであったことが分かる。東部前線でT-34の集団相手にいくらティーガーⅡが強くても相手を補足することが出来なかったであろう。ティーガーⅡの機動力不足は致命的と言える。

 

以上のように、

戦車として火力と装甲防御の絶対的な必要性を満足しつつ、十分な機動性を与え、高度な完成度でまとめ上げられたパンターは第二次大戦において最高の戦車であり、後世の戦車の発展を考えるなら、未来を先取りした戦車といえる。それらを評価し、戦車史上第2位とする。

本当の安全保障を国のために考えるー日本に原潜が必要な理由

そうりゅう型潜水艦
海上自衛隊の最新鋭潜水艦 スターリング機関を搭載している。
シーウルフ級原子力潜水艦
米海軍最強の原子力潜水艦 時速40ノット以上の水中速力を誇る

 

昨今、日本を取り巻く軍事環境が変化し、安全保障に関する議論も増えてきた。特に、自民党が再度政権を取ってからは、自民党自体が右派保守本流一筋になって、議席に応じた強硬な政策方針を進め、自民党右派の長年の願いであった憲法改正も話題になっている。

 

さすがに憲法改正には踏み込めず、解釈の変更だのなんだの言っている。

本政権の政策に関して考察すると、主に中国の軍事的拡張に対して、今のうちに法的な縛りをとって外交的にも軍事的にも動きやすくしようとしているようだ。

 

これらの考えの元は理解できる。

元自衛隊員として憲法で禁じられている戦力に属し、名前も自衛隊というのが複雑な気持ちにさせることもあった。

しかし、これはずっと以前からの問題であり、特に中国との軍事的対決よりも、米国の軍事的保護支配下に置かれているという実情こそが病原なのである。

 

現在、集団安全保障の行使が可能か議論しているが、これまでも、日本は米軍軍事支配下・指揮下で戦闘することは、米国はもちろんのこと、敵国のソビエトや中国も当然のことと捉えていた。

 

日米安保条約は同盟条約の中では特異な条約で、その結びつきの点では世界のどんな同盟条約より強固だと言える。

条約は日本のどの政権でも尊重され、憲法を審査する最高裁でも冒すことのできない条約になっている。日本の法制度の中で根本的に憲法抵触の恐れがある条約であるにも関わらず、日本のどんな権力組織からも手出しができない強固な法的なシステムとして日本に組み込まれているのである。

駐留する米兵に対して、不平等条約の最たる要素である実質的な治外法権を認めていることも、日本がこの条約にどれだけ強く縛られているかを表している。

経済的には多額の供与金が支払われ、沖縄では広大な土地を日本政府が肩代わりで借りて(買って)供与している。

現在の軍隊は情報システムが勝敗のカギになるのだが、この情報システム・通信システムはすべて米軍と共用可能なものにしようとしている。さらにほとんどの武器システムが米軍事技術に依存している。

 

即ち、今さら米軍との共同行動のために安全保障関連の法整備は不要であり、米軍にとって全く役に立たない。今以上に同盟を強化する法的な方策など存在しない。

 

強いて、何かの利点を見つけるなら、国連活動や米軍以外との軍事同盟に役立つだろうが、最近の国連の軍事的な影響力低下の傾向の中で、本気でその中で活躍することを考えてはいないだろう。もし考えていたら、バカ以外何物でもない。また、米軍以外の同盟を進めるほどの度量はないだろう。100年先の将来を考えれば、米国より中国と同盟する方が国は発展するだろうが、それを見通して実行できる政治家はいない。

 

以上述べてきたように、現在、憲法改正・解釈変更を行い、法制度を変更しても軍事的には何らプラスにならない、それどころか、いたずらに安全保障環境を悪化させることになるだろう。

  • 中国に対して明確な敵対的態度を見せ、その軍備強化の理由を与えている。
  • 無駄に日本への警戒心を煽り、中国内強硬派の主張に与している。
  • 米軍一辺倒になり、外交的・軍事的な方針の多様性を狭めている。

 

そもそも日本南西域の領土問題に関しては、日本は島嶼地域を実効支配しているので、静かにのらりくらりとかわすのが国策であったはずである。わざわざ教科書に問題を明記する必要はないし、言動において中国と争っても利益がない。口先だけで実際には何もできないことが余計にばれるだろう。

中国から守るべき実益とは海洋資源であり、これを守るには先に採掘できるようにしなければならない。しかし、日本はこの分野に力を入れているとは言えない。技術力は十分にありながら、資源探査・自然環境調査などには無関心である。中国が100か所掘れば日本は200か所、中国が100時間の潜水探査をすれば日本は200時間行う。

このような実際の努力が必要なのに、勇ましい言動をすることが国を守ることと勘違いしている。かつて国を滅ぼした連中に似ている。

 

今の自民党政権の政治家は、一度下野した際に有能な人材・人脈を失い、負けて傷つき拗ねたような人物ばかりである。過去に首相になっていながら、世間の評判や部下の反抗に耐え切れず辞めていった人々である。

彼らが本当に国を想って行動するとは考えられない。最初に首相になった際もかなりの歳で、それまでに何年も政治家をしてきたはず。それなのに次から次へ辞めていくのは利己的なためだ。

安全保障に関しても、自分が他国の首脳にいい恰好をしたいのが本音だろう。何とも救いようがない。

 

さて、このような愚かな為政者にも分かりやすく、もっとも効果的な安全保障の方策を教えよう。

 

それは、原潜、原子力潜水艦である。

 

原子力潜水艦は、今年度予算を付けたから来年配備できるようなものではないが、中国が本格的な空母機動部隊を作り上げることまでには(10年以上かかると言われる)現実的なものになっていると思われる。

 

一足飛びに原子力潜水艦の有用性を説明する前に、在来型潜水艦(ディーゼルエンジンとモーターの組み合わせが主)においてその説明をしよう

 

潜水艦の有用性は

  • 現在ある兵器の中で完全といえるほどのステルス性を有し、弾道ミサイルと並ぶ防御の難しい兵器である。
  • 長期間の作戦行動が可能。
  • 作戦範囲も日本からであれば西太平洋域全域を収める。(敵哨戒域では潜航しなければならないので制限される)
  • 攻撃力が高く、敵大型艦船や潜水艦など高価値目標を1発の魚雷で沈めることが出来る。
  • 機雷戦などで敵の行動を長く制限できる。(撃てばその場でお終いではなく、敵の近海などに潜み、長く脅威を与えることが出来る)
  • 単独で作戦可能で、必要な他種兵力の支援が少ない。

とこれだけの利点を有する兵器は他にないだろう。

 

現状では、最新鋭の対潜哨戒機ですらアクティブソナー探知でないと潜水艦を発見できないので、哨戒域はそのソナーの投下数と探知半径により自ずと制限され、事前の情報により潜航している海域を限定出来なければ探し出すことは難しい。

(アクティブソナー探知とは、艦船やソノブイから音を発信し、相手艦から反射した音を探知することで捜索する方法。かつてはパッシブソナーも有効であったが、潜水艦があまりに静かで沿岸域を行動するため、相手艦が発する騒音を捉えることは難しくなっている。)

 

このように、潜水艦であればどれもが持つ利点に加え、日本は潜水艦建造の先進国で、おそらく在来型潜水艦では世界最高性能の潜水艦を建造できる。

モーター推進時にはほぼ無音で航行可能で、備えるソナーと戦闘システムは最高の性能、さらにはスターリング機関も有し、作戦海域で1週間連続の潜航も可能となっている。

 

但し、在来潜は蓄電池充電のためにシュノーケリングが必要で、この際、哨戒機に発見される可能性がある。

シュノーケリングとは、人間が潜水に使うシュノーケルと同じで、マストの先につけた小さな空気取り入れ口から外気を取り入れ、船内の汚れた空気を排出すること。ディーゼルエンジンの吸気排気にも用いて、これにより蓄電池を充電する。

シュノーケリングに使うマストの装置は非常に小さく、ステルス性も考慮された形状になっているが、それでも高性能の哨戒機のレーダーであれば発見可能で、蓄電池を完全に充電するまでの時間(1時間から2時間程度か)があれば被発見率は格段に高くなる。

 

だから、安全に作戦するためには、

  • 出航後)哨戒済みの自国制海圏内で最後のシュノーケリングを行い充電し潜航、
  • 航海中)蓄電池の40%程度を使って作戦海域へ向かい、
  • 偵察)目標地点でスターリング機関を用いて捜索・探知を開始。
  • 攻撃)目標が潜水艦であれば対潜哨戒機からのアクティブソナーや海底聴音器から支援を受けつつ探索し、発見すれば報告するか、自艦で攻撃する。
  • 退避)自艦で攻撃した場合、そのおおよその位置を把握されるので、すぐさま移動しなければならない。その際、スターリング機関では遅すぎるので、蓄電池を使うことになり、充電容量が半分以下になる前に帰還せねばならない。帰り道の潜航分の電池容量をのこしておかなければ、帰路、敵の勢力圏内でシュノーケリングを実施せねばならず極めて危険だからだ。
  • 帰港)制海権内に入れば自由にシュノーケリングが可能になる。

のように行動する。

 

これらの作戦行動から逆算し、在来潜の作戦域は、相手哨戒域より蓄電池容量半分だけ航行した地点と簡単に言える。

現在、自衛隊の潜水艦は蓄電池で巡航した場合、2日程度航行可能で、その速度を10ノット程度と見積もると480海里潜航しての航行が可能、その半分が作戦進出域となるから240海里が作戦行動域になる。

240海里というのは約432キロメートルなので、もし日本が西垣島までの制空権・制海権を維持していれば、優に中国沿岸まで進出できる距離だ。

1隊の哨戒機による哨戒半径を50キロメートル程度としてその範囲外から潜航するとしても300キロメートルは進出可能なので、尖閣諸島は完全に潜水艦の活動範囲内である。

中国の有する潜水艦と哨戒機では到底敵潜水艦を防ぐことは出来ないので、もし尖閣諸島近海で日本と戦争すれば、その補給線は常に潜水艦の脅威にさらされ、防御手段のない、鈍足の輸送船などは航行できないであろう。

輸送船などには潜水艦を探知する手段がなく、欺瞞装置などもなく、航行速度が遅いので潜水艦はそれをパッシブソナーで探知し、潜航速度で追いつき、一度も相手に悟られることなく魚雷を発射して攻撃できる。

敵船団に護衛艦がついていれば反撃は可能であるが、機雷を併用し、遠距離より対艦ミサイルを用いることも可能で、発見した敵艦の情報を伝えれば、海上艦艇や航空機より対艦ミサイルで攻撃可能である。

 

もちろん、これは日本にとっての中国潜水艦隊も同様で、青島あたりの港から出航すれば、日本南西域全体が潜水艦の脅威にさらされる。日本は世界でも米軍に次いで対潜作戦に秀で、その対潜部隊は最優秀と言って過言ではない。しかしながら、最強の対潜部隊であっても、すべての潜水艦を阻止するのは難しいのである。

だから、潜水艦を用いて戦争を行うというのは、各々が一程度の犠牲を必ず伴うという、核兵器の相互確証破壊のような抑止力があり、核戦力を搭載せず、原子力潜水艦でもない潜水艦であっても、戦略的な兵器である。

 

そして、今、潜水艦や対潜兵器の戦力は日本の方が中国を上回っている。

中国の原子力潜水艦はいまだ静粛性に問題があり、これは潜水艦にとっては致命的。在来型潜水艦も旧式の潜水艦がいまだ多く、まともな戦力を旧ソ連のキロ型以降と見積もっても、キロ型12隻、元型4隻就役、3隻建造中、で総計19隻。

対潜哨戒機で最新の潜水艦を探知できるものは少ない。

 

一方、自衛隊は、

現在16隻の潜水艦を配備し、今後、退役年数を延ばすことで22隻に増勢する。元々、自衛隊は潜水艦の隻数を制限するために16年で退役させていたので、それを22年程度に延ばしても問題ない。戦闘システムは後記のように年々進歩しているので陳腐化してくるので、できれば改良すべきである。

対潜哨戒機は、現在も一線級のP3Cをはじめ80機程度が配備されている。米海軍がもつ対潜哨戒機が100機程度であることを考えるといかに多数の対潜哨戒機を有しているか分かる。

P1対潜哨戒機
海自最新鋭の対潜哨戒機 現有のP3Cでも世界トップクラスの性能なのにさらにその上をいく性能

 

また、自衛隊で潜水艦乗員は最優秀である。潜水艦での乗務は非常に特殊で、特別な訓練と適正が必要である。そして、軍も彼らが特別な軍人であることを認識して扱う必要がある。例えば潜水艦内の食事は非常に美味しいと知られているが、これは彼らの環境が過酷で、それに値する待遇が必要だと自覚しているからだ。

一方の中国海軍は潜水艦乗員の訓練練度が低く、昼間働き夜は陸上に戻って寝る習慣があると言われてきたように、潜水艦に何週間もこもって生活することさえ難しいようだ。今も、原子力潜水艦で定期パトロールに出られない原因の一つは、乗員が長期間の潜水艦内での生活を出来ないのも一因と考えられている。原子力潜水艦のパトロールは数か月に及ぶが、これを実現するには相当の訓練体制と組織の強化が必要である。

 

以上のように、潜水艦と対潜戦力に関して、日本は中国に対し、1国で優勢を保っている。

潜水艦は他戦力が劣勢であっても十分な脅威であることは、二回の大戦が証明している。第一次大戦、第二次大戦ともドイツは英海軍に劣っていたが、多数のUボートを運用することでその補給線を脅かした。第二次大戦末期には米軍対潜部隊の増強、対潜兵器の開発、大洋に開けた母港の占領、暗号の解読などによりほぼ全滅したが、これは米軍の圧倒的な物量の差のみが成しえた戦略であり、同様の技術力、情報力を持っていた英国には不可能だった。それほど、潜水艦は攻める側に有利で守るには不利なのだ。

太平洋戦域での日米の戦いにおいては、物量に勝る米軍がより有効に潜水艦を用いて、日本の一般商船を含む全喪失艦船トン数の半分を米潜水艦部隊によって沈められている。日本はまさに潜水艦によって飢え衰えたのである。

この時の教訓が自衛隊をして最強の対潜部隊に育て上げた要因であろう。

 

潜水艦とよく似た性格の部隊が機雷戦部隊である。機雷とは海の地雷であるが、その姿、効果などは全く違う。

うわじま型掃海艇
海上自衛隊の掃海戦力は世界最高峰

機雷はそれ自体が無人潜水艦と言えるほどの兵器なので、その性能などは各国でも最高機密になっており、まともな写真すらほとんどない。元々はおもりをつけて沈めた触発信管付きの爆雷(海に落とす爆弾)で、一定の深度に沈められ、そこを船が通って触れると爆発する。威力は昔から強力で、一発で戦艦すら撃沈させる。

機雷
繋留型機雷は昔からある機雷だが年々高性能化し、除去は難しい。

そして現在では、機雷それ自体がセンサーを有し、常にあたり一帯を監視して、敵の偽装を見抜き、本当の目標を探知した時には離れたところでも自走し、自動的に追尾して撃破する。基本的に潜水艦が装備する魚雷の発展形であるが、魚雷そのものが高度に進歩しているので、機雷を設置することは、そこに潜水艦を配備するのと同じ効果があると言える。

機雷戦部隊は別名「掃海部隊」ともいい、設置された機雷を除去して無力化するのが主な任務である。これは設置に比べ、除去・無力化する方がはるかに難しいからほぼそれに注力しているのである。

掃海に関してはここでは触れないが、実際のところ掃海能力がなければ機雷戦を有利に戦うことは難しく、この分野においても日本は世界最高峰の能力を持っている。

 

機雷の設置は潜水艦でも可能で、通常、魚雷の代わりに機雷を搭載できる。機雷は魚雷と同様のサイズに作られていて、魚雷発射管から発射し、その後自動的に目標地点に移動し、指定した時間後に作動する。

最新の機雷は敵味方識別も可能で、暗号化された通信で指示も受けることが出来る。魚雷と同程度なら射程は10キロメートル近くになるが、実際は目標の音響信号を正確にとらえて識別する必要があるので、設置点から数キロ程度が有効範囲であろう。センサーはアクティブ・パッシブソナーを備え、信号受信用のアンテナブイを持っている場合もあるだろう。後々の掃海のために自己無効化機能を備えているだろう。

このように高性能な機雷は、いったん、戦闘海域に設置されると除去は不可能で、定点防御に関しては潜水艦より有効である。

仮に、潜水艦の搭載魚雷(約20発)のうち10発を機雷にして、敵領海内航路の浅い部分に設置し、少し深さのあるところで潜んでいれば残りの10発で計10万トン程度の商戦を沈めることはたやすい。近くに護衛艦がいて発見の恐れがある場合は、発見した目標に関しての情報をステルスビーコン(情報送信のために少し離れたところまで進んでから浮上し、メッセージを送信する。海中から直接電波通信することは難しい)を使って連絡するだけで良い。後ははるか遠くに待機している味方艦船より対艦ミサイルを撃って沈める。

1隻の潜水艦が航路に潜むだけでいかに危険であるかを考えたとき、領海内で潜航していれば、それが即戦争行為とみなして対処するのは正しい。昔はアクティブソナーの代わりに爆雷を使っていたが、領海内に敵性潜水艦がいれば爆雷を至近に落として警告してもそれは正しい。

但し、現政権がそれらを「集団的自衛権」(なんじゃこりゃ)に絡めて言及するのはおかしい。

 

詳しい数字は述べないが、日本は機雷戦・掃海戦力に関しても中国に対して優勢である。実戦経験も豊富で訓練密度も高度である。

ペルシャ湾で行った掃海任務こそが自衛隊で唯一経験した海外実戦戦闘任務である。日本近海では戦後長くにわたり、第二次大戦当時の米軍の機雷掃海を続けていた。

 

 

どうであろう、もし日中が戦争するならこの戦力を使わなければ馬鹿だ。それほど有用で相手にとって脅威になる戦力を優勢に維持してきたのだから、今後もこれを強化し、中国への抑止力とするのが最高の策であろう。

潜水艦の場合、優勢を維持するのに多数は必要ない。一定数あれば良い。(少なすぎれば効果ない)現在の目標の22隻で良いだろう。一番必要なのは戦闘システムの改良・開発と推進システムの改良である。

推進システムとはエンジンやモーター、電池のことで、原子力を使えばすべて解決する。無限の航続力と潜水期間は潜水艦を最強の存在にする。事実、日米の共同訓練においても、1隻の原子力潜水艦を追跡することがいかに難しいか、24時間追跡しただけでその後の自慢話になることから分かる。

原子力潜水艦は一度潜航すると6か月間(乗員の食糧が必要なため)浮上する必要がなく、シュノーケルもなにも必要ない。しかも、原子力では常に最高速度で航行でき、潜水艦には造波抵抗が生じないので騒音の問題さえなければ時速40ノットも可能で水上艦艇よりずっと速い。仮に、同程度の静粛性のまま速度が3倍になると探索範囲は9倍になるので、性能は9倍アップしているといえる。

 

日本は大きな原発事故を起こし、今後、かつてのようにたくさんの原発を運転することは出来ないだろう、それが原子力技術の継承にダメージになるというなら、潜水艦の動力源として使うことで新たな技術力向上につながるではないか。

 

しかしながら、それをすぐに行うは難しいであろう。

その代わりの手段として充電池システムを高容量のリチウムイオン電池に変えることである。

現在この電池は以前の鉛蓄電池より非常に高価であるが、先に述べた速度との関係で分かるように、電池容量は航行能力の増加に、航行能力は潜水艦の性能に直結している。それゆえ、もしリチウムイオン電池の搭載によって価格が3倍になったとしても航行能力が倍程度向上すれば十分元がとれる。

実際、リチウムイオン電池は鉛蓄電池やニッカド電池にくらべ容積当たりのエネルギーで2~5倍程度あり、これはほぼそのまま航行性能に直結する。

コストは、kwhあたり4倍程度であるが、船価のすべてが電池ではないので、船価全体では2倍程度までに収まると思われる。

現在最新鋭艦のそうりゅう型は1隻500億円なので、リチウムイオン搭載型は1000億円程度か。イージス艦が1500億円程度なのでイージス艦を1隻我慢すればこの潜水艦とおつりが500億円か、十分元が取れる。

イージス艦よりもひゅうが型のような中途半端な大型艦や海上保安庁の巡視船しきしま級のような無駄な出費を抑えれば、より現実的な選択になる。

中国のように目立つ空母型艦船を増強するのではなく、かつてのソビエトやドイツのように、潜水艦大国を目指すべきなのだ。

はっきり言って、弾道弾防衛のためのイージス艦なんて必要ない。

北朝鮮のノドン型ミサイルのみ限定で、米軍の早期警戒情報たのみで、迎撃確率も中途半端な迎撃システムなんて後回しで十分だ。現在の中国のICBMには全く効果がないのだから、無理に装備する必要はないのだ。開発は今後必要なので行うべきだ。将来、弾道弾を迎撃可能になれば、日本はロシアや中国などの核大国の脅威から解放されるからだ。

 

弾道弾迎撃システムの装備や中途半端なヘリ空母の装備をやめればリチウムイオン電池装備艦は十分可能。さらに僻地防衛のために貼り付け部隊を置くことや性能の変わらない戦車を開発し3種類も配備するのも無駄だ。

本当に日本の防衛を考えたとき、緊急に必要なものは何か検討すればすぐに答えは出るだろう。

 

以前より必要性が減った装備、

  • 主力戦車
  • MLRS(クラスター爆弾禁止条約に加盟したので使えない)
  • AAAV-7水陸両用装甲車
  • AH-64アパッチ(数が少なすぎて使えない、実戦部隊に配備できるのは4機程度)
  • ひゅうが型護衛艦(護衛されるほうなのに重武装、戦闘に巻き込まれた時点で負けている)
  • 陸自配備の長距離対艦ミサイル(陸自は空自や海自からの情報を共有してないので射距離がいくら長くても狙えない)
  • F-35ライトニング(開発のめどがたっていない、艦上機と共用部分を作ろうとして無駄な要素が多い。)

以前より必要性が増した装備

  • 潜水艦(原子力潜水艦)
  • 輸送艦(ヘリ輸送可能な甲板のある高速の輸送艦、揚陸艦でなくて良い)
  • 無人偵察機(戦略・戦術偵察用)
  • オスプレイV-22

 

このように、中途半端に残すより、ばっさり切った方が、より有用な兵器を新たに装備できるのだ。

また、変に改造した国際協力用の装備はやめた方が良い。現在の日本・自衛隊にはイラクやアフガンのような一般市民と区別できない敵と長期間居座って戦うメリットはない。彼の地ではっきりしない正義のために戦争できるような余裕はないだろう?目の前に中国という強敵がいるのに。

そして、本当に必要な際には変に改造した装甲車でなく、MBTを投入すべきだ。MLRSの荷台に装甲キャビンを置けばそれも結構使えるかも。

オスプレイは僻地に駐屯地を作って無駄な死に駒を配備するより部下思いだ。沖縄の普天間では問題があっても、本土に配備する分には文句はないだろう。

 

これらの思考の変化によって、自衛隊はより実戦的で使い勝手の良い軍隊へ進化するだろう。しかも、追加予算は不要で、国内の兵器開発・生産関連企業にも利点が多く、何らの国内法規変更の必要もないのだ。

 

 

日本の現在の軍事的脅威の変化は中国のみであり、以前よりずっと対処しやすい。朝鮮半島での戦争などに巻き込まれるような事態を考慮しなくてよいからだ(今なら韓国軍が独力で対処できる)。米国と中国が戦争して、日本が援助しなくてならないようにもならない。米軍はいまだ世界最強で核超大国だからだ。つまり、日本は、正面装備においては、中国が日本の南西域で軍事侵攻する場合だけを考えれば良いので、その準備はたやすい。

現在の日本人の多くと為政者は変化のみに目を囚われ、脅威の本質が見えていない。本質を見なくては戦争には勝てないのに。

 

中国は日本から海で隔てられ、強力な同盟国はない。共産主義政権でありながら資本主義経済の先頭に立つという大きな矛盾をかかえ、周辺には潜在的な敵対国が多い(台湾・ベトナム・インド・ロシア)

良く、守る敵に勝つには3倍の兵力が必要と言われるが、日本の場合、国土を囲む海が最大の防壁になってくれる。

国民は総じて平和的で安定している。

技術レベルは高く、米国という強力な同盟国がある。

さて、これで戦略的に有利なのはどちらであろうか?自明である。

そして、この結論が導けない者は愚かであろう。

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楽天は少し値段が高めだが、その分、ポイントなどの特典が多く、たぶん女性にはうけると思う。

山崎パンのお皿のポイントシールなどとよく似ている。

そういう自分も、広告収入のほとんどは楽天で得ている。楽天のユーザーは口コミや評価を見て決める人が多いのではないだろうか。

サイトに統一性がないのは楽天のお約束で、できればお気に入りのショップを見つけて、送料の決まりなどに慣れてくとより便利になると思う。

私はアマゾン派だが、自称愛国者は楽天を使えばよいだろう。

ロシアにとってのウクライナ、クリミア半島軍事侵攻

現在、ウクライナ、クリミア半島の情勢が緊迫しています。

欧米各国、日本はロシアのクリミア半島への事実上の軍事侵攻に批判を寄せています。

しかしながら、そもそもの原因から考察すると、ウクライナの政変に欧米が不用意に干渉したことが、今回の軍事侵攻を引き起こしたと言えるでしょう。

かつて、バランス・オブ・パワーというゲームがありました。
冷戦時代の世界を世界大戦になるのを防ぎながら自陣営の勢力圏を広げていくという、実際の米ソの冷戦そのものを扱ったゲームでした。

このゲームを最高難度で挑戦するのは非常に大変で、通常のゲームスキルではクリア不可能とさえ言われていました。
これを、クリアするコツは、相手陣営(ソ連側)の勢力圏に手を出さないことでした。
チェコやハンガリーで動乱があっても反体制運動を援助するなどせず、自陣営を守ることに徹するのです。時に、相手が自陣営側にちょっかいを出した際に、それに厳しく報復することで自国の威信を高めるのです。

今回のウクライナの件は、かつての国際情勢分析で言えば簡単なケースだったはずです。
即ち、ウクライナに対しては暗黙にロシアの影響を認めるということです。
中国にとっての北朝鮮、アメリカ合衆国にとってのキューバと同じことです。
世界の大国にとって自国の勢力圏と思っている、センシティブな地域を自分側に引き入れたり、そこへ侵攻したりするのは非常に危険で、常に戦争の危険をはらんでいるのです。
一歩間違えば核戦争の可能性があります。

クリミア半島はかつてよりロシア南部、黒海周辺での要衝でした。
独ソ戦では独軍の南部方面の軍はここを攻略しなければ先へ進むのが困難だった。半島で守りやすく、黒海を経て海軍も行動可能で、陸にも海にもにらみを利かすことのできる地であった。
現在でも、黒海は地勢的な安定のために、ボスポラス海峡を空母は通過できないなどの国際的な取り決めがあり、緊張を起こさないように配慮しているはずだった。

クリミア半島の要塞をめぐる第二次大戦の独ソの戦い。世界最大の自走砲カールも投入
クリミア半島の要塞をめぐる第二次大戦の独ソの戦い。世界最大の自走砲カールも投入

ロシアと英国・トルコ同盟軍が戦ったクリミア戦争当時には、黒海にも英国の覇権が及び、黒海は長く小アジアの帝国、つまりトルコの支配下にあった。
しかし、ロシアは広大な領域をもって、一貫して勢力を伸ばし、この地域は常にロシアの南下の対象となってきた。
ソ連崩壊後も、この地域のロシアの影響力は変わらず、黒海・カスピ海周辺国家への、躊躇のない干渉などを見ると、イデオロギーに関わらず、ロシアが南方への勢力拡大に不変の欲求を持っているように考えられる。

近々の状況では、確かに、ウクライナの旧政権は人権問題などがありましたが、反体制側を支援して、政権を倒した後、同盟国(自陣営)にするなど、とんでもなく無謀です。
戦争の危険を冒してまで政変を支援する必要があったでしょうか?
欧米は、中東の王政国家やイスラエルに対するときと同じように慎重に行動すべきでした。

今回の、ウクライナの政変からクリミアへの侵攻までの経過を見ると、当初、ロシアは非常に控えめな行動をとっていた。オリンピックを挟んでいたこともあるでしょうが、ウクライナで旧政権が倒れてもしょうがないと思っていたのではないでしょうか。
旧政権ヤヌコーヴィチ大統領をウクライナに留め、ロシア軍の勢力下で保護すれば、いくら軍と警察が反旗を翻しても政権は倒れないだろうし、新政権側に影響を与える方策もいくらでもあったでしょう。
それなのに、欧米は、実際に総選挙も行っていない、暫定の政権を承認し、各種の経済援助やEU加盟を約束した。あからさまで、ロシアへの配慮は全くなかった。

そもそも、自陣営に引き入れる明確な態度を示さなくても政変は起こったであろうし、欧米にとって友好的な政権は樹立したであろうと思われます。
ウクライナでは民主的な変革の経験があり、かつ軍部の力は東西(NATOとロシア)の力関係から制限されていた。ロシア寄りの政権が長く続けば、次は欧米寄りの政権、次の選挙ではまた別の政権といったように、民主国家らしい政権交代が出来たであろうと思います。
大規模なデモや過激な勢力間で闘争があっても内乱になる危険性が少ない国だった。
まして、EUとNATOは、以前、ウクライナの加盟を検討した際に、ウクライナを自陣営に入れるのは時期尚早と判断したはず。

もし、欧米が本気でウクライナを勢力圏に引き込みたいなら、ロシアより先に軍事行動を起こすべきだった。そうしなければウクライナを保護することなど不可能だからだ。

  • 黒海に艦隊を派遣し
  • 空母を地中海に増派し、

    地中海域で活動している米海軍、第六艦隊。
    地中海域で活動している米海軍、第六艦隊。
  • ポーランド・ウクライナ国境で大規模な演習を行うべきだった。

    ポーランドはNATOの最前線である
    ポーランドはNATOの最前線である
  • バルト三国にNATO軍を増派すべきでした。

ここまでしなければ、今回のクリミアへの侵攻を食い止められなかったでしょう。

もし、この提案をすれば、鈍感な欧米首脳でも戦争の可能性に気付くでしょう。
しかしながら、今回欧米が行ったのは、軍事行動を伴わず、同程度の挑発を行ったことでした。

NATO・EUの東方への拡大、ロシアの孤立は核大国のロシアの力を形骸化するための理想ですが、世界を滅ぼす力を持つ国に対するにはよほど慎重でなければなりません。

既に欧米首脳は自分たちの対応の失敗を自覚しているでしょう。今後は、その失敗を忘れず、ロシアを追い詰めないよう、ほどほどの制裁に留め、ロシアが再び協調関係に戻れるような道を残しておくことです。
ウクライナの新政権も右派を排除し、ある程度ロシアの影響を認めるように方向修正が必要だし、それは欧米各国の意思によって可能です。

また、騒乱が長引くと過激派勢力が目をつけ侵入してくるので、欧米・ロシア共に、ウクライナ国内の騒乱状態を出来るだけ早く収め、治安を回復し、総選挙を行うことが必要です。これに関しては、新政権下であってもロシアは協力する方が利益になるし、ここで両者が譲歩できる場面も出てくるはず。

少なくとも、ヨーロッパだけでも平和であってほしいものです。

特攻というシステムについて

特攻というシステムについて
特攻機に使用された三菱A6M3「ゼロ戦」米艦船に突入する特攻機

このところ、中国との摩擦もあって、日本人の中に多分に右翼的なムードがある。
その中で、「特攻」という攻撃方法を感傷的に、それを日本という国民に固有の愛国心の現れと肯定的に捉える人がいる。

旧海軍の零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の性能とその搭乗員を美化した作品などが典型だ。

元軍人(航空自衛隊)で、学生時代、フック教授から「軍事化」のテーマについて学び、現在も根っからのハイテク軍事マニア(死語)としてこれについて、軍事理論として考察してみよう。

特攻とは、旧海軍が大戦末期に考案した、海軍機による米艦船への体当たり攻撃を目的にした海軍特別攻撃隊の名称の事である。鎌倉時代の蒙古襲来時の「神風」の名称もある。
陸軍も同様の部隊を結成したが、実際は、体当たり攻撃自体は個々人や個々の部隊によって開戦初期から行われていた。

自殺的な体当たり攻撃は日本に限られたものでなく、戦況が追い詰められていたナチスドイツでも、空襲に来た爆撃隊へ体当たりするなどの攻撃があった。
これは、戦況が有利に進んでいた米国や英国でも見られ、大戦以前の戦争でも見られ、事例には事欠かない。

しかし、特攻が、真の意味で「特別」なのは、近代的な軍隊組織そのものが、自殺を前提にした攻撃部隊を正式に結成して、それを目的に専門的に訓練を行い実戦で運用したことだ。

日本は開戦時にも特殊潜航艇、「甲標的」(機密保守のための名称)を使った非常に危険な攻撃を行っている。特殊潜航艇「回天」真珠湾攻撃時に、魚雷に運転席を付けただけのような潜航艇をパールハーバー沖まで運び、そこから乗り込み湾内に入り、停泊している艦船に決死の攻撃を行うのである。
これは最新の記録では、侵入した5隻のうち1隻の攻撃成功が推察されている。
計画段階より出撃艇の回収の見込みは少なく。当時の山本司令長官もこの計画に難色を示していたほど危険な作戦であり、実際、出撃艇全てが帰還せず、捕虜になった一人を除き全員が死亡した。(九軍神)
攻撃成功率20%、致死率100%の作戦である。

現代でも、シールズなどの特殊部隊によって、敵勢力圏停泊地への潜入攻撃方法は存在しているが、非常に危険な任務で、相当の訓練をもってしても、現地での海洋条件などにより成功確率が低く、特に攻撃した兵士を、潜水艦などで発見されずに敵地から回収するのが困難である。
つまり、旧日本軍は開戦時より致死的な特殊作戦を立案実行していたということである。

このような、成功率が少なく、致死率の高い戦術は他にも多数ある。
一般には、物陰に隠れた兵士がロケット弾などで戦車を攻撃するのは簡単そうに思われているが、これは並大抵の事ではない。
今のような小型である程度の距離(50から100メートルほど)から攻撃できるRPGのような兵器が少なかった大戦初期には、多数の爆薬を束ねたものや、場合によっては手りゅう弾と地雷で即席に作ったようなものや火炎瓶で攻撃を行わねばならず、高速(不整地の戦場では時速十数キロ)で移動する戦車の進路を予測して待ちかまえ(重い爆薬をもって戦場を走って戦車を追いかけることはできない)、幸運にも目の前に戦車が来ても、敵歩兵の支援をかわしつつ爆薬を設置するのは非常に難しい。
仮に設置に成功しても、簡易な爆薬では確実に戦車を破壊できる保証はなく、もし攻撃に成功しても、敵戦車の突破が続けば、自分の今隠れている塹壕は占領されてしまうので、自軍が反撃に成功しなければ、前線の敵側から脱出しなければならない。

即ち、歩兵が、特別な対戦車兵器を持たずに戦車を攻撃撃破するのは生還率が低い危険な攻撃なのだ。
だから、激烈な地上戦のあったドイツやソ連では、戦車を1両破壊するごと、特別な受章があり、この撃破章を何個も持っているような歩兵は勇敢な歴戦の兵として尊敬され認められた。

これの事で解るように、戦争において、死をかえりみない決死の攻撃戦術というのは、国を問わず、戦況を問わず存在していたということなのだ。

では、何故、日本の特攻隊は「特別」なのだろうか?

これを考察するには、
「玉砕」を参考にすると良い。

ガダルカナルでの戦いの際、日本軍は補給を絶たれ、何度かは、戦うために、そして最後には脱出のために米軍の包囲線を越えて艦船を突入させた。
しかし、そういった努力の甲斐なく、島で孤立した日本軍は全滅した。

これを日本海軍・陸軍当局は「玉砕」と称して、生きて俘虜の辱めを受けずの精神の華々しい戦術とした。
実際には何度も補給を試みて、最期は派遣艦艇の損失も覚悟して、本来輸送艦ではない駆逐艦まで使って兵員の脱出を試みたのだから、全滅するのは意図したことではなく、補給を軽視して島での戦闘に固執した結果の戦術上の失敗であった。

これを軍は、日本軍人の精神論に置き換え、自らの失敗を隠ぺいしたのだ。
まあ、百歩譲って、国民向けのプロパガンダとして、士気高揚のため失敗を隠すことはしょうがないとしても、戦いを指揮した者たちが、何の批判も受けることもなく、この後も同様の作戦を指示・指揮し続けたことは大問題である。
これは、軍幹部が、戦争が行き詰って、何ら戦果を挙げられないのに無理な戦略をとり続け、失敗すると前線の兵士を犠牲に全滅させて、逆に「玉砕」だと美化することによって作戦指揮に対する批判をかわそうとしていたためだ。

おそらく、
戦争中期からは米軍によって太平洋の全前線への補給線が維持できなくなっていたため、
軍幹部は、何か攻勢的な作戦を行おうとしても、失敗するだろうと解っていたと思われる。
つまり、今後、太平洋戦域では、拠点となっている島々が徐々にやせ衰え、順番に全滅すると解っていたはずである。
その上で、軍はそれを「玉砕」戦法として美化し、自らの敗戦の責任を言い逃れる「戦法」としたのだ。

サイパン、硫黄島、沖縄など、この後の戦いを詳しく見ても、前線の兵士・指揮官が現実的な戦術を立案実行しているのに反して、安全な本土で命令する軍首脳は、何かを「決断」することで責任を負うことを極度に恐れ、立案当初の作戦が実行不可能な状況になっても、決して変更せず、ましてや、公式に負けを認めるような退却をさせることはなかった。
だから、いつも、楽観的な情勢判断で小規模な作戦を始め、戦況悪化にともない、逐次戦力を追加して犠牲を大きくして、もう追加の兵力さえ送れないほどになると「玉砕」しろと、暗に言い含めるような命令を出す。
ここでも、「そこで死ね」と言わないところが臆病者の最たる所以である。

「絶対に撤退するな、退却するより全滅しろ」というのは、大戦中、どこの国でも見られた命令である。
米軍も、ドイツ軍のアルデンヌ攻勢の際に、部隊がバストーニュで包囲された時には「死守」せよと命じている。
バストーニュの戦いでの米101空挺師団

しかし、全滅してでも戦うというのは相応の作戦上の利益が無ければ軍全体にとっては不利益となる。優秀な兵士と装備を失うし、のちの士気にも悪い影響が出る。通常、兵士は実戦で最初の半年を生き抜けば、急激に生存率が高まる。新兵が行いがちな致命的なミスが無くなるからだ。また、実戦上での現場指揮官である下士官や士官は簡単に訓練して育て上げることができない。長く経験を積み、部隊員の能力や反応を見極め、任務地の地理などを熟知しなければならないからだ。そういった兵士を失うことがどれほどの損失か理解できるであろう。
それでも死守するというのは、そこが戦略的要衝で、かつ、全滅までの時間が全体の戦略にとって大きな利点となる場合だ。
例えば、独ソ戦でのスターリングラード包囲戦でも、ソ連軍が包囲されているときには時間が味方であった。独軍の補給線は延びきって長期戦に耐えられず、ソ連軍はウラル地方の工場から装備の補給が送られ、シベリア前線から転戦させる部隊が向かっていた。市街戦では独軍は機動力を発揮できず、じりじりと消耗していった。1日経つごとに独軍は不利になり、その分、ソ連軍は有利になっていたのである。戦場の兵士には酷な命令であるが、ソ連がここを死守したのは戦略的に正解であったといえる。
もちろん、これは独軍がスターリングラードの占領にこだわり、不利な状況になっても撤退しなかったから、結果的に正解であったとも言える。もし、スターリングラードの守備隊攻略後に、あっさり退却していたなら、消耗していた第6軍はなんとか生き残り、何十万という兵士がその後の戦いに参加できたであろう。衆知のように、戦争指揮に介入したヒットラー総統はスターリングラードの死守を命じ、何度も撤退の機会を逃し、大軍を無駄に失った。

ドイツでは軍指揮官に全滅するまで戦うことが特別素晴らしいことだという意識はなかった。これは降伏するということではない。特に、独ソ戦ではお互い捕虜をほとんど捕らず虐殺(もしくは過酷な収容所)していたので、降伏=死と思っていた。それでも、「死守」しないのは、戦力を維持して、前線を下げ、もう一度戦う方がより効果的だと分かっていたからだ。また、部隊はおおよそ30%程度死傷すると急速に戦闘力を失う、部隊として指揮命令系統が崩壊して統一した戦闘行動が取れなくなるからだ。死ぬまで戦おうにも、途中からは単なる標的になってしまうのである。

このように、日本以外の国では、「死守」命令はあったが、それを主たる正常な戦法として評価することはなかった。
日本が戦った太平洋の島嶼戦では、洋上の島という地理上の特性によって退却が難しいということも、玉砕戦法がまかり通った理由のひとつだろう。戦況が不利になり、制海権を失えば、米軍は哨戒機で島の沿岸を監視するだけで包囲を維持できるからだ。
もし、日本軍が退却するなら、部分的、暫定的にでも制海権を維持できている間に行わなければならず、それは戦闘のかなり初期に見極める必要がある。ガダルカナルでも、米軍が島の制空権、つまり制海権を確立したのは上陸して間もなくであった。上陸後、米軍が島の飛行場を整備して、そこへ航空隊を配備した時点で、もう日本軍には島の上空や周辺の海上を自由に利用できるチャンスはなくなった。
制海権を失ってからも、島の日本軍は粘り強く、かなりの間戦闘を続けることが出来たが、最終的に島から退却する手段はとっくの昔に無くなっていたのだ。部隊の機動性や戦略輸送の重要性を軽視して無理な部隊展開を行ったことがそもそもの原因なのだ。

これらの島々の防衛方法で、終戦間際になっても軍上層部には作戦の改善を試みることはなく、終戦直前の沖縄戦においても全く同じ戦法をとった。
これを見る限り、戦争指揮者たちは勝利のための方策を全く考えることなく、日々悪化する戦況を知りながら、自軍部隊を無駄に投入し、有効な戦闘を行わせることなく死なせていったのである。

これらの戦争指揮が、戦中においては勿論のこと、戦後も批判されることが無かったのはいろいろな理由があり、天皇の存在や戦後の「戦争タブー」の常識など大きな問題はあるが、最たるものは、当時の日本軍の官僚化と非人間性にあると言えるだろう。

議論しやすい官僚化から論じると、

肥大化した官僚組織では、その組織を守ることが最も重要な目的になる。旧日本軍が肥大化していたことには何の異論もないだろう。占領地では政治・経済のすべてを管理し、国内でも産業と司法組織を握ってほぼすべてを支配していた。
本来、戦争を行うことが目的の組織である軍隊であるが、業務の大半は戦時経済の統制と自国民の統治に振り向けられていたのだ。
現在の政府組織や自治体組織を見るだけで、それらの業務を肩代わりすることがとんでもない負担であったことは自明だ。
つまり、日本が総動員体制に入った時点で、軍隊は「戦争」という主たる目的を見失い、統治を目的にした政治組織に変貌していたのだ。
こんな組織では、当然、「戦争の勝利」至上の目的ではない。戦争に勝つことより、組織を守ることが重視され、反抗・批判を許さない自浄作用の全く無い組織になってしまうのは当然だ。

動員令により、日本国内のほぼすべての人員と資源を手にした日本軍は、本来の目的たる戦争勝利への方策を見つけられないまま、人員と資源を投入する先を戦地に向け、動員しては戦地で消耗させるという究極の消耗戦術をとったのである。これが軍隊を正当化し、いったん手にした権力を維持する唯一の手段だったのだ。
実際、戦争末期には戦力を国内で移動することもままならず、動員した人員を有効な部隊に編成することすら難しくなっていた。また、武器の生産も滞り、食糧なども運べなくなっていたので、都市機能も麻痺し始めていた。
軍は最終的に日本本土で大規模な決戦を予定して、物資と武器の備蓄に熱心だった。これは国外に物資を運ぶ輸送力が壊滅していたことから、自ずと備蓄された一面もあるが、特に地上戦力はかなりの量が備蓄されていた。しかし、部隊は全体的にあちこち分散備蓄していても、大規模な抵抗戦には用いることは出来なかったであろう。
沖縄戦でも県民すべてを動員して、沖縄防衛隊の第36軍は10万人近くの兵力を有していたが、米軍の砲戦力や兵器の能力、制海権・制空権を失ったなかでの戦闘では全く役に立たず、ゲリラ的な消耗戦術しか取れなかった。
本土決戦があっても、おそらくこれと同じような戦況になったであろう。


沖縄戦について(wiki)

ちなみに、沖縄戦においても、軍首脳部、大本営は一大決戦を行い、米軍を戦意喪失させるという無謀な作戦目的を有していた。大本営は戦争の作戦立案を行う部署だったので、軍隊内では「戦争勝利」を目指す数少ない部門であった。組織の肥大した当時の日本軍では大本営は統一した指揮を行うことは出来なかったし、作戦指揮に必要な情報も大本営に届くことはなく、各個孤立した戦地の軍司令部が独断で作戦を遂行していた。沖縄の第36軍は10万人程度の兵力で組織的な決戦を行うことは不可能と分かっていたし、決戦に際して必要な補給や補充があるとは信じていなかったので、最初から大本営の方針に反して自滅的な消耗戦を選択するしかなかった。

このように、指揮官が最初から自滅的な「捨石作戦」を目的にしている組織のなかで、各兵士の命の大切さや戦地の住民の生活などはどれほどのものだろうか?
おそらく、第36軍司令官、牛島満中将は戦闘の開始時から自決を覚悟していただろう。このような司令官の前で、指揮下の兵卒は自分の命を顧みる余裕があるだろうか?下士官や、下級の士官はどうだろう。彼らが部下の命を守ろうとするだろうか?自分が死ぬかもしれないという状況で、命が最も軽視された組織で兵士の命などいか程の価値があっただろうか?

軍への批判を許さず、軍の失敗を認めることもしない組織では、正当な批判さえ「おまえ死ぬのが怖いのか」と侮蔑できる仕組みが最も有効だったのではないだろうか。
この場合の「軍」はすでに実体を失った精神的な存在であり、それに天皇の存在が役立った。「軍」という精神的な存在の前では、東条英機大将でさえ一兵卒と変わらなかったと思われる。
この時点では、すでに「軍」はそれ自体が意思を持って自己保存を目指していたといえるだろう。

これほどまでに官僚化して、非人間化していた組織では、「特攻」というシステムを構築するのも簡単であったはずだ。通常の軍隊の中でも、組織の求心力を保ち、士気を上げる方法の一つが「エリート部隊」を作ることだ。
かつての近衛軍、親衛隊、ドイツのグロスドイッチランドなど例は多々ある。ドイツ「グロスドイッチュラント」師団
日本における「特攻」隊は日本におけるエリート部隊といえるだろう。戦闘において自滅的な戦法は常態化していたので、彼らが特別になるには、特別な兵器と特別な儀式が必要であり、それらが特攻機や回天であり、出撃前の各種イベントであった。
しかし、彼らがその一端を担った役割には、兵卒を自滅させ組織を守る目的しかなかったと言えば、それらの特別な兵器や特別な儀式がまやかしであったことを認めるしかない。

  • 既に自滅的な戦法は常態化していたこと。
  • 具体的実現性のある戦争勝利の方策がなかったこと。
  • 軍隊が日本の日常生活のすべてを統制する異常に肥大化した組織で、かつ、天皇の不可侵の統帥権という名目のもと、組織的な実体をもたない極度に神聖化された「軍」になっていたこと。
  • これらから見て、特攻隊が日本国民のための存在でなかったことは自明であり、戦争の勝利にも全く貢献していなかった。また、彼らにだけ特別な「死ぬ勇気」があったのでもない。おそらく、当時のほとんどの若者は「戦争で死ぬ」ことに憧れていただろう。それほど、命は軽視されたのだ。
    この命の軽視は、それ自体が、人間性への軽視に結びつく。これはどの戦地にも見られることだが、ふつう、人間は肉体の死と魂の死を切り離して考えることが出来ない。出来るという人もいるだろうが、実際にやってみると不可能だと分かる。

    イスラムの自爆テロ犯も、彼らの宗教指導者からこのように教育される。「死んだら天国へ行ける」「爆弾で死んだ人も天国へ行ける」「体はバラバラになるが魂は救われて天国へ行ける」と。子供たちにこれを信じるように教えるのは簡単である。
    そして、このような自爆テロを行っている組織とその組織員が、実際に精神的に幸福になれるだろうか?
    答えは否である。
    自分の命や体の痛みに共感することは、他者への共感の始まりであり、その共感が思いやりになり、それが感情になり、人間性の元になるからだ。
    正義や信念のために命(自分も他人でも同じ)を犠牲にすれば、それは人間性を否定することなのだ。
    人間性の否定は組織にとって利益になるだけで、組織の一員の幸福には寄与しない。

    また、ウェーバーの官僚組織論を見るまでもなく、組織は常に自己目的化して、組織から人間性を排除しようとする。

    例えば、死刑制度は理屈の上では合理的である。「目には目を」の理屈は子供にも分かりやすく、容易に支持される理屈だ。
    しかし、現実の死刑執行にはどうしても非人間的なシステムが必要となる。組織としては合理的で、大半の国民から支持されていても、個人として死刑に関わるときには平然といられないだろう。日本では拘置所の刑務官が死刑を執行するが、現場では非情なまでのストレスを与えている。
    刑務官は云わば、被害者の代理で復讐を行っているのであるが、実際に人の命を奪う行為を、この人がどこかでほかの人を殺したから代わりに私が復讐するのだと自分を説得するのは難しいだろう。実際には自分の家族が殺人の被害にあったことはないだろうし、目前の死刑囚には面識もない恨みもないのであるから。

    これを組織は強いるわけだが、ここに人間性の出番はない、人間性を無視しなければ成り立たない現場だからだ。

    同じことは、家畜の屠殺でも言える。これは経済システムが人間の感情を封殺することで成り立っている。
    理屈では、人間が人工的に育てた家畜を食べるために殺すのは合理的だろう、しかし、実際の屠殺場で、普通に動物食を食べる人がそれを見て関わって平静でいられるだろうか?というよりも、実際に家畜を殺すところを見たことがあるだろうか?

    このように、組織の中では合理的なことでも、個人にとっては非人間的で受け入れ難いことは沢山あり、我々は、普段沢山のことをシステムに依存したまま理解すらせずに見過ごしているのである。

    我々は全能ではないので、見過ごしているという認識をしっかり持つことしかできないのだが、それすらせずに、第二次大戦という遠い過去の見知らぬ世界を、華々しい映画や小説のなかでのみイメージを捉え、分かった気になっている。実際の戦争では生死がその全てなのだが、これだけを描くような映画や小説は存在しない。それはすでに物語ではないからだ。実際の戦争の生死にはドラマがなく、意義も正義もないからだ。

    ゆえに、特攻隊というシステムが非人間性を象徴するものだと認識しなければならない。